エンタメ

コルベ神父のこと

 敬虔なクリスチャンでもある加藤一二三九段=1979年撮影

 名人獲得後の1982年10月、バチカンにて福者マキシミリアノ・マリア・コルベ神父の聖人に挙げられる「列聖式」が執り行われることになり、参列巡礼団に加わることを決めた。

 コルベ神父の「列福式」は1971年10月にやはりバチカンで挙行され、妻と共に参列した。これが私にとって初めての外国旅行となった。列福式前後にはヨーロッパ各地を訪れ、パリのルーブル美術館など多くの美術館も訪れて感激いっぱいであった。コルベ神父の「列福式」はNHKニュースでも取り上げられた。

 ポーランド人のコルベ神父は、かつて日本で6年にわたりキリスト教の宣教師として働いている。西洋将棋のチェスが好きだったコルベ神父が、チェス盤を前にしてほほ笑んでいる写真は私の自宅居間に飾ってある。コルベ神父は長崎を拠点に活動したが、大阪、東京などにも行っている。

 1982年の列聖式前に、私たちはポーランドに行った。チェンストホヴァの修道院は有名な巡礼地の一つで、かねてより行きたいと思っていたのがついに実現した。各地を訪れたが、特にポーランド生まれの作曲家ショパンの心臓を収めた教会に行って祈ったことが印象に残っている。フレデリック・ショパンの「ピアノ協奏曲第一番」はCDでよく聴いている。

 往年の巨匠アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ演奏も楽しんだ。ヨハン・セバスティアン・バッハの名曲「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 二短調 シャコンヌ」は、トルコ出身ピアニスト、ファジル・サイの名演奏をコンサートで聴いて深い感銘を受けた。この音楽会に家族で行っていなかったなら、今でもシャコンヌの素晴らしさを知らなかったかも知れない。その後はルービンシュタインのピアノ演奏でシャコンヌを楽しんでいる。

 ポーランドに4日間滞在した私たちは、その後ローマに入った。コルベ神父の「列聖式」は1982年10月10日午前10時からバチカン広場で、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の司式で開始された。当日の参列者は約30万人だったそうである。よく晴れた日で、極めて香ばしい香がたかれ爽やかな気持ちになった。

 私たち日本人は、全世界から集まった人たちの中で、ヨハネ・パウロ2世に最も近い席を与えられた。コルベ神父が日本で宣教していたからだそうである。コルベ神父は、アウシュビッツ収容所で家族のいる若い男性の身代わりとなって命を捧げた。

 ポーランド出身のヨハネ・パウロ2世は、渾身の力を込めて式を進めた。説教では度々、前のめりになり靴のかかとが上がるのが見えた。列聖式が無事終わり、私たちはその後、聖母マリアの巡礼地としても有名なフランスのルルドにも行って祈った。

 2014年4月、ヨハネ・パウロ2世は教皇フランシスコにより、ヨハネス23世とともにバチカンで聖人の位に上げられた。聖人とは、カトリック信徒が救い主と信じるイエス・キリストの教えを忠実に生きた人とされ、極めて厳しい調査を経て宣言される。カトリック教会が聖人と認める他にも、神様だけが知っているたくさんの無名の聖人が存在すると考えられている。(加藤一二三)


(共同通信)