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『美食と嘘と、ニューヨーク おいしいもののためなら、何でもするわ』ジェシカ・トム著、小西敦子訳 成りたい人に成るためなら何でもしていい街

 

 ニューヨークには片手で足りるくらいしか行ったことはないけれど、あの街の熱気が単に人の気配や騒音の重なりではなく、そこに住む人たちの何者かに成りたい、何者かで在りたいという願望の集合体でもあろうとは感じている。

 本書の副題にある「おいしいもののためなら、何でもするわ」という言葉もニューヨークであるからこそなんとか真っ当に響くのであって、これがロンドン、パリ、そして東京など他の都市で発せられたものだと仮定すると、ある種の徒労感というか、ちょっとした哀れみをも引き連れてきてしまうように思う。

 主人公はニューヨーク大学の大学院へ進学するためマンハッタンにやってきたばかりの女の子、ティア。かつて<カレッジシェフ>としてニューヨーク・タイムズに大きく取り上げられたこともある彼女は、料理本を出版できるようなフード・ライターを目指し、食品学を学んでいる。夢の実現のためには大学での勉強だけでは十分ではなく、感性を磨き、将来の足がかりとなるコネクションを作るためにも世界一の美食の街に住む必要があったのだ。

 しかし彼女のニューヨーク・ライフは出鼻から挫かれてしまう。インターンシップ先として希望していた著名フード・ライターの事務所には派遣されず、レストランのクローク係をすることに。さらにはそこへ現れたニューヨーク・タイムズお抱えの料理評論家の男によって、この街のフード・シーンを揺るがしかねない大きな嘘に巻き込まれてしまうのだ。

 少々ネタバレになるが、この大きな嘘の一つはティアが料理評論家の舌代わりとなって数々の有名レストランでテイスティングし、感想を添えた評価を下すと、それがほとんどそのまま料理評論家の署名原稿としてニューヨーク・タイムズに発表されるということ。当然、彼女は罪悪感に駆られるわけだが、夢に近づくためのステップになるという料理評論家の甘言に乗せられ、嘘を重ねていく。ここで特筆すべきなのは、彼女の良心が自己実現への意欲によっていとも容易く踏みにじられるということだ。成りたい者に成れるのであれば、どうなっても構わない。そう思う自分を彼女は根本的に肯定している。副題になぞらえて言うならば、「自分のためならば何でもするわ」なのである。なぜ?

 若いからというのはあるし、そういう性格なのだとも言えるだろうが、ニューヨークだからという理解が一番正しいような気がする。そんな街がこの世に在るということはすごく好ましいことだと個人的には思う。

 (河出書房新社 1800円+税)=日野淳

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(共同通信)