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『笑いのカイブツ』ツチヤタカユキ著 笑いで人生を棒に振った男の喜劇

 

<お色直しを終えた花嫁を見て、全員ドン引き。どんな格好で出てきた?>

「全身、じかにウェディングドレスのタトゥー」

<試合終了後もマスクを外そうとしないキャッチャー。その理由とは?>

「中で飼っている蝶々が逃げるから」

 一体なんの話なのかと思われるだろうが、これは視聴者投稿で作るお笑い番組で「レジェンド」の称号を得た主人公(=著者)が、トレーニングのため、チラシの裏に日に2000個も書き出した「ボケ」からの抜粋。

 高校卒業後は就職をせず、お笑いで生きていくと決意。しかし人付き合いが極端に苦手で、笑い以外のすべてにまったく興味が持てない主人公。どこかに属し、誰かと一緒に笑いを作るということができず、「ハガキ職人」として孤独に笑いを追求しようとする。

 アルバイトで最低限の生活費を稼ぎ、起きているほとんどの時間をネタ作りに費やす日々。服装にも無頓着、食べる物もなんだっていい。家族も友人も異性も全部どうでもよくて、「自分の命すら軽んじていた」。それでも笑いの道は厳しく、のたうちまわるようにしてネタを作り続けても、世間からは見向きもされない時間が続く。このあたりの、地べたを這いつくばって笑いを拾おうとしているかのような主人公の姿、正直言って読んでいて辛い。お前はここまでして自分のやるべきことを追求しているか?と突きつけられるようだったからだし、苦行の果てにしか究極の笑いは手にできないという主人公の思考にいまひとつ賛成できなかったからでもある。

 しかもこの小説はどこにも辿り着かない。苦しみの先に輝ける未来が待っていたという成功譚ではないし、笑いを追求する過程で少年が大人に、という成長物語でもない。主人公はずっとずっとのたうちまわり続け、あがき続け、絶望し続ける。私は物語が佳境に入ってくるあたりで、主人公の感情に寄り添って読むのを止めた。苦しすぎたので。

 しかし、そうして距離を持ってこの小説世界を見渡すと、新たな発見があった。はたから見たらなんの意味もないようなことに心を奪われ、人生を棒に振ろうとしている男。同情も寄せ付けないほど頑なで、自分しか見えていない男。この男が生きているということ自体が喜劇であり、最高の笑いではないか。これまでの半生を丸ごと笑いに転化してしまったという意味では、完成度の高い、説得力のある、そして唯一無二の笑いなのである。

(文藝春秋 1350円+税)=日野淳

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(共同通信)