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世界を変えたカロリーナ~その3~

 ワルシャワで将棋を指すカロリーナ

 初めてポーランドの首都ワルシャワを訪れたのは2012年の7月。空港までカロリーナが迎えに来てくれました。

 彼女のお母さんが運転する車に私の荷物を詰め込んだら、大量すぎて後部座席まではみ出してしまい、その結果カロリーナが双子の妹アグニシュカをひざに乗せることに。とても暑い日で、汗を流しながら笑いっ放しのドライブでした。

 ポーランドは緑が多く、穏やかでかわいらしい町並み。おしゃれなレストランに到着すると、カロリーナの将棋仲間が集まってくれていました。

 多面指しをしようとしたところ、使い込まれて、よれよれになった紙の将棋盤が出てきてびっくりです。将棋用具もなかなか手に入らない場所で、どうして彼女はこんなにも強くなったのか、あらためて不思議に思いました。

 そして翌13年5月、再びリコー杯女流王座戦の海外招待選手として来日し、またもや女流棋士相手に勝利します。

 6月にはアマ竜王戦に招待選手として出場。2カ月続けて日本に来ることになったので、併せて日本将棋連盟の研修会を受験しました。とうとう女流棋士への道を歩み始めたのです。

 しかし、試験の成績は3勝5敗。緊張や戸惑いもあったことでしょう。研修会はこれまでの対局とは異なり、子どもばかりを相手に一日で4局指します。

 プロに勝った実績があっても、慣れない環境の中で実力を出し切るのは難しいことです。

私はカロリーナに言いました。「3年以内にプロになること。なれなければ諦めて帰国する」。これはその昔、私が自身に課した期限と同じです。彼女は、2年でプロになるつもりだと答えました。

 そして、10月からいよいよ日本で暮らし始めることになりました。

 山梨学院大学に入学し、学業と将棋の勉強を両立。月に2回は東京に出て来てわが家に泊まり、研修会に通う生活です。

 初めの頃はペースをつかむのに苦労していましたが、しばらくすると勝ち星が集まり出して5連勝。いよいよ昇級の懸かった大一番を迎えます。

 朝から将棋連盟には取材陣が待ち構えていました。しかし、いくら待てども結果が知らされません。それはもう壮絶な戦いでした。何度も勝ちそうになり、それを逃し、またチャンスが来て…。死闘の末、カロリーナは負けました。

 その次の例会でも、まだ昇級のチャンスは残っていました。しかし出掛ける時間になっても起きてきません。布団の中で泣いているカロリーナを引きずり出し、心を鬼にして家から追い出しました。(北尾まどか)


(共同通信)