エンタメ

「記者小説」に相次ぎ文学賞

 「罪の声」(手前)など、記者を主人公にした最近の小説

 2000年代半ば、新聞記者を描く小説といえば、日航ジャンボ機墜落事故を題材にした横山秀夫さんの「クライマーズ・ハイ」だった。際どい取材で事故原因を追い、記事を出すかどうかの決断を迫られる。元上毛新聞記者の横山さんが緻密に描く、しびれるようなリアリティーに、自分だったらどうするかとしばし考え込んだ。記者が事故調査委員会の幹部に事故原因の見立てをぶつけ、その感触を「サツ官(警察官)ならイエスです」と表現した作中のせりふは、記者仲間で随分まねして遊んだ(ついにそうした場面は現実にならなかったが)。

 それから10年以上が過ぎ、再び、新聞記者が主人公となって活躍するエンタメ小説が熱い。例えば、真山仁さんが2月に刊行した「バラ色の未来」は、統合型リゾート施設(IR)誘致を巡る政治家の疑惑に新聞記者が切り込む社会派サスペンス。記者の取材と謎解きが重なることで、物語がグイグイと先に進んでいく、その勢いが魅力だ。

 昨年から今年にかけては新聞記者が主人公の「記者小説」が相次いで文学賞を受けた。塩田武士さんの「罪の声」は昨年、山田風太郎賞を受賞し、今年4月に発表された「2017本屋大賞」でも3位に入った。3月に発表された吉川英治文学新人賞では、本城雅人さんの「ミッドナイト・ジャーナル」が選ばれた。記者が主人公なだけでなく、塩田さんは元神戸新聞、本城さんも産経新聞とサンケイスポーツで記者をしていた。記者経験が、物語にリアリティーを与えている。

 「罪の声」はグリコ森永事件を題材にしたミステリー小説だ。事件で子どもの声が脅迫電話に使われたことにヒントを得て、その子の後日談を描くというアイデアが何より秀逸。塩田さんが実際に関係者に取材を重ね、ノンフィクションとフィクションの隙間を狙った構成も、刺激的だった。

 文芸の世界を取材する文化部記者としては、主人公が自分と同じ文化部記者だったこともうれしかった。記者小説の定番といえば事件記者だが、「罪の声」では、事件取材の現場に駆り出された文化部記者の悪戦苦闘ぶりが描かれる。事件の真相に迫る後半が盛り上がるのはもちろん、文化部記者の“残念な”取材ぶりがこれでもかと強調される前半のリアリティーもなかなかだった。

 一方「ミッドナイト・ジャーナル」は、直球の記者小説。誘拐事件で誤報を打って左遷された主人公が、執念でその事件の謎を追う。捜査の動きと記者の取材が絡み合うダイナミックさは読み応え十分。本城さんは、担当編集者に「記者って必要ですか?」と問われたそうで、吉川新人賞の記者会見で熱っぽく語った。

 「ネット社会になっても、1次情報を入手する記者は必要です。記者はかっこいいとか、今はそういう時代ではないと分かっている。でも、しんどいな、つらいなと思いながら、現場で何かをつかみ、熱くなる。そんな物語を書くことで、記者になりたいと思う人はいるんじゃないか」

 もっとも、あんまり暑苦しい記者はちょっと…、という読者もいるだろう。そんな方にお薦めは、元読売新聞記者で、警察小説に定評のある堂場瞬一さんの「犬の報酬」だ。大手自動車メーカーで開発中の自動運転技術を巡り、事故隠しの疑いが浮上する。情報をいち早くつかみ特報するのは、デスクへの昇進を打診されたばかりの40歳の社会部の遊軍記者。「デスクになるのに、いい手土産ができたな」と上司に言われてニヤリと笑うような、そんな人物造形は、妙に説得力がある。

 堂場さんは「なかなか、情熱だけで仕事はできない。私なりのリアルです」と説明する。一方、物語を進める上で難しいのは、新聞記者の勲章である「特ダネ」の盛り上がりが、すぐにさめてしまうこと。報じた半日後には、他社もすぐ追いついてしまう。物語のクライマックスと「特ダネ」は、どうもなじみにくい。「実際に記事を書いてスカッとしたことは一回もないですから。だいたい、みんなどんな特ダネを書いても、何かモヤモヤが残る」。堂場さんの弁だが、事件取材に強くなかった自分でも、その感覚は確かに分かる。

 物語に登場する記者がかっこ良すぎても違和感があるが、現実的すぎるのも寂しいし、記者志望の学生が減りかねない。堂場さんに「もっとかっこよく書いてと言われませんか」と尋ねると、きっぱり返された。「記者をかっこいいと思ったことあります? 一度たりともないよね。晴れがましい場も全くない。晴れがましい場に出たいわけじゃないけど、そういうもんだというのが頭に染み込んでいる」

 最後に、記者出身の作家の作品ではないが、誠実に仕事に打ち込む記者の姿を描き、胸に残る一冊を。米沢穂信さんの2015年の長編「王とサーカス」だ。主人公は大手新聞社を退社したフリージャーナリスト太刀洗。彼女は旅行記事を書くために滞在中のネパールで王族殺害事件と遭遇し、そのリポートを日本の週刊誌に寄稿する。

 事件の謎解きに仮託して本書で描かれるのは取材者の倫理だ。米沢さんはインタビューで「誰もが発信者になり得るこの情報社会で、知り、伝えることとどう向き合うのか、自分でも考えたかった」と話していた。

 SNS全盛時代、発信者の倫理を誰もが意識する。その考える手掛かりとして、記者小説が読まれているのかもしれない。(森原龍介・共同通信文化部記者)

罪の声
罪の声
posted with amazlet at 17.05.18
塩田 武士
講談社
売り上げランキング: 759


(共同通信)