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『ガーデン』千早茜著 男を密林から引きずり出すものとは

 

 この主人公、なんかちょっとイラッと来るのだ。

 30代序盤の男。素敵なライフスタイルを提案する雑誌の編集部で働く。仕事柄、見目麗しいモデル女子たちと親交があり、向こうからもモーションをかけられたりもするけれど、彼は決して心の扉を開けることはない。彼がすべての緊張をゆるめるのは、自分の部屋。幼いころを過ごした異国を思い起こさせるような、生命力むんむんに生い茂った観葉植物に埋め尽くされた部屋。それらから立ちのぼる、湯気のような命の気配を吸い込みながら眠りにつくのだ。

 幼少期を異国で過ごし、思春期に帰国したことが彼のアイデンティティの原点である。人と人は、同じ何かを見ていても、まるで違う景色を見ている。使用人つきの住宅に住み、家を出ると物乞いにジュースをねだられる。何をどうしようが、人の立場は変えがたく、打ち破ることができない。だから誰にも何も求めない、求められても応えない。そんな諦観の中を彼は生きてきた。何人の女に去られても、彼のスタンスは変わらない。あなたといると、自分は孤独なのだと、何度言われても心を揺らさない。むしろ「そんなの当たり前じゃないか」くらいに思っている。

 物語の中にも、幾人かの女たちが彼の景色に登場する。編集部の気さくなアルバイト嬢。モデルの女の子たち。入社同期のファッション誌編集者。取材を通して知り合った、建築家の愛人。相手から差し伸べられた手からスッと身を引きながら彼はゆく。そうすることがなぜか許されているのは、たぶん、なんとなくイケメンだったりするんだろう。女たちは空いてしまった手を、虚しく引っ込めるしかない。

 しかしこの「建築家の愛人」が、彼の密林を少しだけ揺らす。妻子ある建築家にかこわれていることを受け入れているような、でも静かに憤り続けているような、不思議な女性。ラスト数ページは、物語序盤とはまるで反転したかのような、主人公の切実な願いにあふれているのだ。

(文藝春秋 1400円+税)=小川志津子

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(共同通信)