社会

<未来に伝える沖縄戦>米兵の拉致恐れ隠れる 嘉陽田ヤエ子さん(86)〈下〉

「本当の平和は訪れていない」と語り掛ける嘉陽田ヤエ子さん=4日、北谷町栄口区公民館

 《1945年4月1日、米軍が沖縄本島に上陸します。越来村(現・沖縄市)に住んでいた嘉陽田ヤエ子さん=当時15歳=は家族と北部に逃げました》

 羽地村(現・名護市)源河に着き、川沿いに歩き続けて東村有銘に避難しました。避難中は食糧が限られているので、海水と雑草でおつゆを作りました。山中で寝る時は荷物をまくらにして寝ていました。敵が現れるかもしれないという恐怖が強かったため、今なら怖いと感じる蛇なども気になりませんでした。
 米兵に見つかると若い男女は連れて行かれるからといって、大人たちが警戒していました。移動する時はわざと鍋の汚れを顔に付けて、ぼろぼろの着物に身を包みました。住民に変装する日本兵もいて「着物をちょうだい」と言われたことがあります。

※続きは2月28日付紙面をご覧ください。