[日曜の風・浜矩子氏]愛なきスカノミクス 恐れられたい菅首相


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 アベ首相のアホノミクスから、スガ首相のスカノミクスに移行することになった。アホでも、スカでもない政策運営が戻って来るのはいつのことか。

 人の痛みが分からない。そのようなことが分かる必要はない。この姿勢において、アホノミクスとスカノミクスに何の相違もなさそうだ。むしろ、スカノミクスの大将の方がこの姿勢をさらに露骨に前面に打ち出しているといえるかもしれない。何しろ、自民党の総裁選に向けて、彼は基本方針として「自助・共助・公助」を掲げた。まず、自力で何とかしろ。それでダメなら身内に頼れ。それでもダメなら、その時、初めて公助が乗り出してやろう。「天は自ら助くる者を助く」というわけだ。

 これはとんでもなく的外れの認識だ。公助は恩恵ではない。国家の義務だ。国家は、国民を顧客とするサービス事業者だ。この事業者が提供するサービスが公助である。顧客満足度の高い公助を潤沢に用意する。これは、国家という名のサービス事業者の責務だ。定款に明記しておくべき要件だ。「自分の面倒は、まず自分でみろ」などと、国民にお説教することは、このサービス事業者の仕事ではない。

 「愛されるより、恐れられる方が無難だ」。菅義偉首相が敬愛するニコロ・マキャベリの言葉だ。マキャベリはルネサンス時代の政治思想家だ。当時のフィレンツェ共和国で外交官を務めた。権謀術数の大家として知られる。悪巧みの総本山だ。いかにして、君主の座の微動だにしない安泰を確立するか。そのための手練手管の数々を提示したのが、マキャベリ先生の著作「君主論」だ。

 愛されるより恐れられた方がいいというのは、独裁者の論理だ。民主主義国家の政策責任者が持つべき認識ではない。マキャベリ先生は、君主たる者、国民のために使うカネはなるべくケチった方がいいとも言っている。その方が、たまに恩恵を施した時のありがたみが増すのだという。国民のためのサービス事業者の心構えとは、あまりにも遠い発想だ。マキャベリ語録を座右の銘とする首相が誕生してしまった。なんということか。

(浜矩子、同志社大大学院教授)