名護湾を望む高台にコーヒー畑が広がる。高さ1・5メートルほどのコーヒーの木には緑の実がついている。サッカーチーム沖縄SVとネスレ日本などが取り組む「沖縄コーヒープロジェクト」の農場だ。栽培を始めて4年目となる今年の冬に、コーヒー豆の初収穫を迎える予定だ。国内で唯一の栽培適地の可能性に注目し、沖縄を国産コーヒー豆の産地にしようという産業化の模索が始まっている。
■新たな価値
沖縄SVは沖縄でスポーツ産業を創出することを目指している。沖縄SVの髙原直泰社長は「チケットや試合の放送権料だけでなく、スポーツチームがあることで地域の課題を解決し、新しい価値を創出していける。それがスポーツ産業だと思う」と語る。沖縄における新しい価値の創出、その一つが沖縄コーヒープロジェクトだ。
プロジェクトは農家の高齢化と後継者不足、耕作放棄地の増加といった沖縄の1次産業が抱える課題の解決を見据え、コーヒーを沖縄の特産品とすることを目指す。2019年に始まり、現在、沖縄本島、石垣島、宮古島の合計11カ所で約6500本のコーヒー苗木を育てている。今年の冬から来年春にかけてコーヒー豆の初収穫を予定する。
北緯25度から南緯25度の間の地帯を「コーヒーベルト」と呼ぶ。北緯24度から28度に位置する沖縄はコーヒーベルトにぎりぎり入っているが、沖縄の環境は決して恵まれているとは言えない。海が近く、風が強い。夏には台風が襲う。果樹は寒暖差で糖度が増すが、沖縄は寒暖差が小さい。
沖縄SVの農場も海風をもろに受ける。夏の強い日差しで葉が焼けてしまうこともあった。防風林の植樹、防風ネットを設置したほか、日陰を作るためのシェードツリーを植えるなど試行錯誤してきた。
農場を管理する農業生産法人「沖縄SVアグリ」の宮城尚社長は「条件は難しいが、適した品種、栽培環境、土壌を見極めて高品質なものを作っていきたい。最終的には沖縄でのコーヒー栽培法を確立したい」と意気込む。
■ネスレの支援
世界大手の食品メーカーであるネスレの日本法人「ネスレ日本」が沖縄のプロジェクトに関わるようになったのは、元サッカー日本代表でもある髙原氏が、ジュビロ磐田時代につながりのあった同社に協力を仰いだことに始まる。
ネスレはコーヒー豆の生産者を支援する「ネスカフェプラン」を世界15カ国で展開している。ネスレ日本はこの知見を生かし、沖縄のコーヒー栽培を支援している。沖縄で大規模にコーヒーを栽培できれば、今はほとんど流通していない国産のコーヒー豆を供給できることになる。
体制を強化するため、今年4月、専任の農学者1人を沖縄に配置した。琉球大学大学院で作物学を学び、東京やタイ、マレーシアで研究や作物栽培に関わってきた一色康平さんだ。
「実はできているので、品質と数量拡大ができれば経済栽培もやっていける」と語る一色さんは、協力農場を回って栽培状況を集約したり、海外の農学者の見方やこれまでの経験に基づく知見を農家にフィードバックしたりしている。
今冬の初収穫を前に、髙原さんは「まだまだこれから。プロジェクトに関わっている皆さんと課題を共有して進めていきたい」と引き締めた。
(玉城江梨子)