『「見えない壁」に阻まれて ―根室と与那国でボーダーを考える』 ユーモアあふれる体験記


社会
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『「見えない壁」に阻まれて ―根室と与那国でボーダーを考える』舛田佳弘、ファベネック・ヤン著 北海道大学出版会・972円

 これは大学の研究者が「国境」に近いボーダー(境界地域)に身を置くことで出来上がった本である。こう書けばお堅い学術研究書の類いと思われるかもしれない。だが実際は逆だ。それどころか、時に吹き出さずにはいられない、ユーモアたっぷりの異文化体験記なのであった。

 著者の舛田佳弘氏は与那国町役場に、ファベネック・ヤン氏は北海道根室市役所に、それぞれ2013年と14年の2回、約3カ月ずつ勤務した。
 与那国は台湾と、根室は北方領土・ロシアと近接している。そんな境界地域の課題を、机上にとどめず、フィールドワーク(実地調査)を通して体感し、大学に戻った後の研究に生かす。滞在にはそんな狙いがあった。
 本書はその報告だが、その筆致が学術書とは程遠いのだ。中国語に堪能な舛田氏は、交流事業で与那国に来た台湾少数民族出身の女子高生たちの通訳を務めるが、「あたかもAKB48のマネージャーのよう」に接遇する。しまいには「マネージャー業務が板に付く」のである。
 役場の上司は「ばんじょうがね(番匠金)」(融通が利かない人)と称される。出張先での町長は、「屋台で管を巻いているおっちゃん」と表現される。しかしそれは、むしろ愛すべき人々として活写される。島そのものもそうである。本書を読むと、未訪の読者も必ずや与那国のファンになるに違いない。
 しかし、そんな単なる体験記で終わらないあたり、さすがに大学の研究者である。例えば姉妹都市である台湾・花蓮市との交流は、言葉の壁もあって「どこかよそよそしい『お客様』としての関係」にとどまっている。花蓮市から毎年来る文書は「内容が分からないので放置」されていた。一方、島の人にとって「島に不要なもの」の筆頭は、島を二分しがちな「選挙」である。そんな滞在しなければ気付けない事柄を、社会学的な考察を経て読者に示してくれる。
 ファベネック氏の根室体験もまた貴重な視点を与える。両地域に共通するのは、境界地域は境界である限り「行き止まり」であり、国境を突き抜けて対岸に行き交うことができれば、間違いなく発展するという事実である。そのことを再確認できる意味もまた大きい。(普久原均・琉球新報特任編集委員)
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 ますだ・よしひろ 日本文理大学准教授。北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター共同研究員。専門は移行経済論、中国研究。
 ファベネック・ヤン 北海道大学大学院文学研究科後期博士課程。専門は日露関係、地域研究。

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