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<メディア時評・BPO調査報告書>放送は誰のものか 政府の番組介入こそ違法


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 7日の新聞各紙は、放送倫理・番組向上機構(BPO)が発表した意見書を大きく取り上げた。NHKの番組に対し、政権が違法だと口出しするのは問題だと指摘したからだ。案の定、すぐさま放送行政担当大臣、官房長官、自民党幹事長が批判した上、首相も10日の国会でBPOの法解釈は誤りと反論するに至っている。

BRCからBPOへ
 NHKと民放(民放の集まりである日本民間放送連盟と民放各社)で運営する放送界の自主規制機関がBPOで、その中の一つの組織である放送倫理検証委員会が公表した、いわゆる調査報告書が今回の意見書だ。
 委員会は全部で三つあり、ほかには放送人権委員会と青少年委員会が活動している。前者は、放送によって人権等を侵害された人が、個別放送局との間で話し合いがつかなかった場合に訴える、司法外救済をめざす苦情処理機関である。当初はBRCと呼ばれ、これが現在のBPOの前身にあたる。
 その後、民放番組の捏造(ねつぞう)が大きな社会的問題となり、放送倫理の向上が喫緊の課題となったことから、検証委員会が設置され、個別あるいは放送界共通の放送倫理上の問題について、調査・報告を実施してきた歴史がある。しかしこれら一連の流れは、純粋に放送界の自浄作用の現れではなく、政治との軋轢(あつれき)の中で進んできた側面があることも忘れてはならない。
 1997年の放送人権委員会設置は、80年代後半からの厳しいメディア批判の延長線上にあり、とりわけ報道被害者という言葉が生まれた90年代の社会情勢を受けたものだ。
 自民党がテレビのモニタリングを開始し、政治家への執拗(しつよう)な取材や汚職等の厳しい追及に対し名誉・プライバシー侵害として訴える環境整備を行おうとして、個人情報保護法案や人権擁護法案を準備したのも同時期で、気に食わない取材・報道を法によって抑え込もうとした。そうした圧力を受け放送界は、「法規制の防波堤」として自主規制機関の活動が始まったのである。
 そして同じように、検証委員会の設置の段階でも、組織全体の法制化圧力がある中、2003年にBPOに衣替えし、さらに07年に機構強化として新しい委員会を設置することによって、独立性を担保した経緯がある。
 もちろんこうした政治との綱引きは、どの国でも同じように存在する。この種の自主規制機関がある国はほぼ共通して、政府から取材・報道の法規制や法定の監視機関導入が示される中で、報道の自由を守るために設置あるいは改組されてきた歴史を持つからである。それゆえに、これらの組織の最大目的は「表現の自由の擁護」であり、そのために「放送倫理の向上」を図ったり、「侵された人権の個別救済」をするのである。従って、今回の政権与党に対する物言いは、機能として至極当然といえる。

放送局に行政指導
 その上で、判断の規範となる放送法の解釈である。同法の目的は、「放送による表現の自由を確保すること」である。そして「放送が健全な民主主義の発展に資するよう」求めている。その具体化として、放送番組の編集の自由を保障するとともに、番組制作にあたっては「放送に携わる者の職責」として(1)事実報道(2)公序良俗(3)政治的公平さ(4)多角的論点の提示―を実現することを示しているのである。
 政府は、この4条件に合致しているかどうかは政府が判断し、反している場合は違法行為を放送局が行っているのだから注意等を行うのは当然だとしている。しかし、法解釈から明らかなように、国との関係で法を守る義務があるのではなく、強いて言えば視聴者との関係において放送局が守るべき事項を約束しているものといえる。
 実際、政府も立法時から長く法的拘束性を否定し、精神的規定であると自ら説明してきた。しかし1993年に初めてその解釈を一方的に変更し、その後は一貫して学説上の定説を無視し、番組編集準則等違反を理由として、放送局の所轄官庁である総務省から放送局へ行政指導といわれる事実上の業務改善命令が出され続けている。独立行政委員会が放送行政を所管する先進国が大多数の中で、日本は行政官庁が許認可権を完全に掌握している稀(まれ)な国である。そうした中での「指導」がいかに強いプレッシャーを与えるものであるかは言うにまたない。

自民党の圧力
 さらに加えて自民党も、議員がメディアへの圧力を肯定する発言を繰り返したり、昨年の衆院選の前に在京各局に公平中立を求める文書を出すなど、強硬な態度が目立つ。その時の根拠も放送法違反で、政府見解と同じだ。今回も、党が事情聴取を行うことは何ら問題がないとし、BPOにも改革をちらつかせるなどの動きを見せている。
 そうした背景には、先の歴史的経緯のほか、くしくも初期の委員会が扱った大きな事案が、戦時性暴力すなわち慰安婦をめぐるNHKの番組であったことを思い起こす。そこでの主要テーマは「放送と政治の距離の重要性」であり、政治的圧力があったことを強く示唆する内容となっており、その政治家こそが現首相であることを知っておかねばなるまい(全ての委員会決定はBPOウェブサイトで読める)。
 今回の意見書は、現在の言論状況、放送に対する政治介入への警鐘であり意義深いものである。しかし、この問題は今に始まったことではなく、BPO設立当初からの指摘がさらに深刻化・常態化したものであるという点で、より一層、社会全体で状況認識を共有化するとともに放送人も強い覚悟が求められている。
 意見書が政府への批判とともに、「放送に携わる者自身が干渉や圧力に対する毅然(きぜん)とした姿勢と矜持(きょうじ)を堅持できなければ、放送の自由も自律も侵食され、やがては失われる…そのことを常に意識して行動すべきである」と記していることを忘れてはいけない。
(山田健太、専修大学教授・言論法)