『鬼忘島 金融捜査官・伊地知耕介』 伊良部舞台のサスペンス


社会
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『鬼忘島 金融捜査官・伊地知耕介』江上剛著 新潮社・1600円+税

 沖縄離島本でもなかなか紹介されない、宮古諸島にある伊良部島を舞台にした珍しい小説で、北方謙三のハードボイルド小説のような味わいがある。

 中小企業を支援する銀行を作り業績を伸ばす野心家の「藤巻会長」、藤巻が会社を大きくするため暴力団の資金融資を受けた秘密を握り失踪した「国仲専務」、藤巻を失脚させるために、国仲の情報を手に入れようとしていた「金融庁の伊地知」、この3人が主人公である。
 金融の秩序を維持させたい伊地知と破壊したい藤巻、そのバトルの間に入った国仲の人生は破壊され、彼が伊良部島に逃げたことから物語が始まる。
 美しい島と対極にあるのが金融の闇社会だろう。著者は伊良部島を訪れ「東京で問題を起こして逃げてきた人間が、この島で再生していく物語の構成が浮かんだ」という。
 本書では伊良部島にある名所が次々と登場する。「佐和田の浜」が国仲の心を癒やし、「渡口の浜」で過去に撮影された家族写真が国仲の消息をたどる手掛かりとなり、追跡してきた藤巻の手先の暴力団組員と伊地知が対決するクライマックスは「通り池」だ。
 映画脚本家がシナリオハンティングするように、映画的な場面設定での物語運びに著者が伊良部島を綿密に取材しながら創作したことがうかがえる。
 泡盛や御嶽(うたき)の説明は饒舌(じょうぜつ)すぎるが、せりふの良さと、脇役たち(紅一点泡盛造りの女社長奈美、海で死んだ実の子どもの生まれ変わりと国仲を守る名嘉間老人、義眼の凶暴なヤクザ沢渡、味方か敵か最後までわからない国仲の部下・三上)のキャラクターの面白さが補っている。
 例えば、逃走した国仲に島人が誰も過去を聞かないことを不思議に感じる。すると国仲を助けた名嘉間老人は「人は誰でも悲しみや苦しみを抱いて生きているものです。それを暴けば血が出るだけ」と答える。もともと伊良部島は何百年も前からさまざまな人々が流れついて暮らし、人々は受け入れてきた歴史があることを感じさせる。ハードボイルド小説を読んで、伊良部島の良さを再発見できたのが沖縄の離島好きにはうれしい。(吉田啓・メディアプロデューサー)
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 えがみ・ごう 1954年、兵庫県生まれ。早稲田大卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。97年の第一勧銀総会屋事件では、広報部次長として混乱収拾に尽力した。2002年、「非情銀行」で作家デビュー。

鬼忘島: 金融捜査官・伊地知耕介
江上 剛
新潮社
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