『琉球文学の歴史叙述』 多様な立場の「歴史」みる


社会
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『琉球文学の歴史叙述』島村幸一著 勉誠出版・9800円+税

 ある国の歴史を知ろうとする時、まず参照されるのが正史と呼ばれる類いの歴史書である。しかし、国家が編さんした正史は、政府や有力者に都合の良い記述になっていたり、地方や庶民の様子が見えづらかったりといった問題点を時にはらむ。

 本書は、正史を始めとする首里王府の編さん物だけではなく、歌謡、日本で記された記録や物語などさまざまな資料を分析対象としている。それにより、正史の外側(あるいは基底)を流れる「歴史」に目を向ける。
 第一部第一章では、1500年の八重山侵攻について、アヤグ(宮古の歌謡)の内容と、仲宗根豊見親を祖とする忠導氏の家譜や王府の正史『球陽』の記述を比較する。18世紀の宮古島ではアヤグの内容が史実を伝えるものと認識されており、その内容を踏まえて(あるいは増幅させて)家譜の記事が書かれたのではないかという指摘が興味深い。また、アヤグの内容と『球陽』の記述のずれを、宮古島にとっての「歴史」と王府にとっての「歴史」の違いと見る。
 第二部第二章では、第一尚氏に関する記述が『中山世鑑』以後の正史でどのように展開していくのかを追う。尚思紹(第一尚氏初代)の父を伊平屋出身とする記述は蔡温本『中山世譜』になって初めて見られるが、これと第二尚氏の始祖である尚円の出自(伊是名島出身)との関連性を指摘している。
 さらに第二部第三章では、王府の編さん物である『中山世譜』『琉球国由来記』等との比較を通して、第一尚氏の出自を記す『佐銘川大主由来記』の性格や成立の背景を考察する。その他、これまで本格的には研究されてこなかった琉球船の土佐漂着に関する資料や『椿説弓張月』についての分析も注目される。
 歴史がどのように伝えられ、記されていくのか。その過程でどのように変容し、増幅するのか、あるいは取捨選択されていくのか。中央、地方、勝者、敗者、それぞれにとっての「歴史」。多彩な資料と向き合い、「歴史」の多様性に気付かせてくれる意欲的な一冊である。(屋良健一郎・名桜大准教授)
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 しまむら・こういち 1954年生まれ。立正大文学部教授。専門は琉球文学。琉球の「歴史」叙述を中心に研究。著書に「『おもろさうし』と琉球文学」など。

琉球文学の歴史叙述
琉球文学の歴史叙述

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島村幸一
勉誠出版
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