社会

宮城から避難の新城さん、マッサージ店開業 「沖縄への恩返し」

「沖縄の人も避難してきた人も気軽に来てほしい」と話す新城真紀さん=2月15日、浦添市

 被災の傷を克服し、県内で新たな人生を歩み始めた人がいる。震災後、沖縄に避難した宮城県登米市出身の新城真紀さん(33)=那覇市=だ。2015年11月、浦添市内間の「福島避難者のつどい 沖縄じゃんがら会」の事務所内でマッサージ店を始めた。沖縄で結婚し、子どもも授かった。「沖縄に受け入れてもらった恩返しをしたい」と笑顔を見せた。

 震災前からマッサージの免許を持ち、各地で施術師の指導をしたり、客の体をほぐしたりする仕事をしていた。5年前の3月11日、祖母とお茶を飲んでいると携帯電話のアラームが鳴り、地鳴りがした。激しい揺れに気が動転した祖母は拝み始めた。「拝んでいる暇ないから行くよ。足踏みして」と手を引いて家を出た。家は半壊した。
 プレハブのような自宅の離れに避難し、近所の4、5家族と身を寄せた。自家発電機で電気を確保し、ありったけの灯油や食料を持ち寄った。近所の人同士の約1週間の避難生活。「誰が私の納豆を食べた?」などと口論も起こるようになった。家を失ったショック、震災後に見た人のいさかい、実家で作る米や家畜の牛が原発事故の影響で売れなくなった現実に自暴自棄になった。
 12年夏、1人で沖縄へ渡ったが、すぐに「苦しむ家族に何もしないで逃げちゃった」と思うようになった。気持ちが内向きになり、電気を消してただ時間が過ぎた。実家からの電話には「元気だから」とうそをつき、電話を切るとため息をついた。
 「改心しなきゃ」と勇気を出したのは12年の冬だ。県内避難者が集まる場に参加し「自分の思いを話せて冷静になれた」と振り返る。じゃんがら会の桜井野亜会長らに「また、やろうよ」と声を掛けられ、店を始めた。近所に住む沖縄の人や、避難者など徐々に客が増えている。
 「周りはもう5年と思うかもしれないが、あの日のまま時間が止まっている人もいる」と語る。「私のように引きこもっていた人も少しでもいいから楽になってほしい」。人々の心身を癒やすマッサージを通して、つながりを広げたいと思っている。(東江亜季子)



琉球新報