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<メディア時評・緊急事態条項>最初の犠牲者は言論 取材、報道にも政府指示

 安倍首相の踏み込んだ改憲発言が続く。戦力の不保持と交戦権の否定を定めた憲法9条2項を変える必要性に触れ(2月3日衆院予算委員会)、その後のラジオ番組では自衛隊の存在を明記すべきと改正に言及した。さらに集団的自衛権を全面容認する考えも明言(3月1日同委)、現時点では2018年2月までの在任中での実現にも意欲を示している(3月2日参院予算委員会)。

首長罷免も可能に

 集団的自衛権を認めたことにより能動的な軍事行動が可能となったことから、法構成上は現行憲法73条で定められている外交権にプラスして、「軍事権」を内閣の行為として認めることが必要との議論がある。あるいは、自民党憲法改正草案で示されているような緊急事態条項を加えることによって、議会を経ないで事実上の立法が可能となり、その中で軍事権を行使するという考え方もある。そうなると、政権がいう「この道しかない」行きつく先は、まさに有事(戦争)と隣り合わせの社会ということになる。
 その時、現在の平時でさえもぐらぐら揺れている言論の自由はどうなるのか、いまのうちに「最悪」を想定しておくことは必要だ。実際にそうした状況は、トルコでもハンガリーでも、いま起きていることだからだ。
 さらに言えば、戦時中に日本は天皇勅令という形で議会を通さない法が次々作られ、人権が制約されていった。同じことはドイツにおいても起こり、1933年の非常事態宣言の発令がその後のヒトラー政権を生んだわけである。緊急事態宣言とはそういう効果をもたらすということだ。
 こうした緊急事態条項がある国にはフランスが挙げられ、15年のパリ同時多発テロの直後、宣言が発令され私権が制限された。一方、ない国の代表は米国だが、代わりに大統領令による立法行為が行政権に認められており、01年の9・11テロの際には、大統領令によってイラクにアブグレイブ刑務所を設置したり、予防拘禁が実施された経緯がある。
 自民党が予定している権能からすると、宣言さえすれば自治体の長を辞めさせることも可能で、いまの沖縄の状況を考えると架空の話としてはおけないリアル感がある。

紛争取材は既に規制

 緊急事態においてまず政府が行うことは、「移動の自由」に対する制限である。一般に戒厳令という名で外出禁止措置などがとられる。有事になれば一般市民の移動は当然のごとく制約を受けるわけだが、こうした状況は福島第1原発事故において経験済みだ(災害対策基本法や原子力災害対策特別措置法に基づく警戒区域への立ち入り禁止措置で罰則も付いている)。
 そしてこの移動の自由の剥奪は、報道機関にとって「取材の自由」の大きな制約になる。原発事故直後、大手メディアを中心に20キロ圏内はおろか福島県からも退避するなどの実態があったわけで、こうした国基準に従う自主的撤退は、緊急事態法制の下で強制性を伴う行政命令によって徹底されることになる。
 その延長線上で、パスポートやビザの発給との関係で「渡航の自由」が問題になる。既に外務省は、シリアやトルコへの記者の入国を事実上厳しく制限してきている。また、渡航を公言したフリージャーナリストのパスポートを返納させることで、物理的に出国ができない行政処分を講じている。
 係争中の法廷では、この返納命令がどこまで強制力があるのかが争われているが、緊急事態になればこうした議論はすべて飛んでしまう。記者が自由意思で国外で取材活動を行う自由は、紛争取材という分野で既に制約を受け始めているということだ。
 そして最も現実的な大きな問題が、法で定められた公共機関としての制度上の義務だ。自然災害から始まり原発事故といった人災や、新型インフルエンザそして有事(これまでは武力攻撃事態)対応など、様々な法で報道機関とりわけテレビ局は指定公共機関に定められている。安全保障法制に伴う法整備が遅れているが、早番この分野の強化もなされるであろう。

問われるメディア

 この制度で当該局は、機材や人員の政府への提供が事実上義務付けられている。原発事故時の東電への政府対応をみると、放送局の報道フロアに官邸が直接乗り込み、陣頭指揮を執るという可能性すら否定できない。そうなれば当たり前ではあるが、放送の自由は完全になくなる。しかも取材上知り得た情報は、政府に提供することも求められている。そして、現行の制度を規定する各種法律には強制性はないが、緊急事態では義務付けられることになる。
 さらに言えば、イラク特措法の段階でさえ、自衛隊取材に関し防衛庁(現防衛省)との間で、報道機関は「不報協定」を結ばざるをえなかった(形の上では「イラク人道復興支援特措法に基づく自衛隊部隊の派遣に関する当面の取材について(お願い)」との要請を受け入れ)。そこでは、自衛隊員の安全を損なう取材・報道はしないことが求められ、防衛庁の判断でその後の取材を一切拒否できるとする内容だ。この意味するところは、政府の意に反する取材・報道は認めないということである。これが安全保障法制のもとで恒常化することが想定されており、緊急事態となった場合は政府の指示に従うことが定められている関係上、かつての「大本営発表」体制に逆戻りすることにならざるを得ない。
 さらに特定秘密保護法が、これらの上に重しとして覆いかぶさる。同時に、放送法解釈にみられるように、行政は社会の秩序を守るために、報道内容についても自分たちが一定程度コントロールすることが必要であるというスタンスを、一層強化してきている現実がある。
 いわゆる緊急事態対応において、最初に犠牲になるのは言論・表現の自由であることが多い。その歴史的教訓をどう生かせるか、メディア自身が問われている。(山田健太、専修大学教授・言論法)
(第2土曜日掲載)

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◆自民党憲法改正草案
 第98条【緊急事態の宣言】(1)内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
 第99条【緊急事態の宣言の効果】(1)緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
(3)緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言にかかる事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。



琉球新報