「はいたいコラム」 香りで人を動かす


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 島んちゅのみなさん、はいたい~。先日、静岡県の人に「さくら葉もち」を頂きました。主役はお餅ではなく桜の葉っぱそのもの。桜の葉2枚で、真ん中のお餅をしっかりとはさんであります。実は静岡県松崎町は、桜葉の塩漬け日本一の産地! 全国シェア7割を誇る桜葉の町だったのです。あんこの甘さが葉っぱの塩分と調和して、お餅とお漬物を一度に食べているような重層的で深みのあるさくら葉餅です。

 この葉はオオシマザクラ。伊豆半島の段々畑で栽培され、5~6月にやわらかい葉を摘み、大きな樽(たる)に桜葉を敷きつめ、半年から1年塩漬けします。松崎町では100年以上前から町の基幹産業として続いてきました。
 桜葉独特の香りはクマリンという香り成分で、生の葉ではなく塩漬けによって初めて香りが立ちます。毎年春になると、菓子店やコンビニの限定スイーツとしてさまざまな「さくらスイーツ」を見かけますが、いわゆる添加物としてのクマリンの使用は認められていないため、ほとんどが松崎町産の桜葉(もしくは粉末)ということになります。料理に添える葉っぱビジネスの成功例は徳島にありますが、「桜葉」はもしかしたらこれ以上に強い武器といえるかもしれませんよ。
 もしも、日本の春に桜(葉)の香りがなくなったら、和菓子業界どころか、食品産業が大変なことになります。日本の春にこれがあってよかった~と思わせてくれるのは、お花見の桜だけではないんですね。見えないところで豊かな食文化を支えてくれる桜葉と松崎町の生産者のおかげでもあるのですね。
 最盛期の初夏には、町中が桜の葉の香りに包まれることから、環境省では松崎町と桜葉を「かおり風景100選」に選定しています。国がこの香りを守ろうというのですから、香りの国家戦略です。その他100選としては、浜松のうなぎ、草加せんべいの醤油(しょうゆ)、別府の湯けむりなどがあります。
 沖縄にもありました!「竹富島の潮の香りとハイビスカス、ブーゲンビリア」のある風景です。加えて山羊汁とフーチバーも推薦したいですね。
 重要な五感の一つである嗅覚を刺激する香りは見えないだけに人の心をつかむ強い力があります。美味(おい)しい香りで人を動かす、これからのリーダーの条件かもしれませんよ。(フリーアナウンサー・農業ジャーナリスト)
(第1、3日曜掲載)
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 小谷あゆみ(こたに・あゆみ) 農業ジャーナリスト、フリーアナウンサー。兵庫県生まれ。介護・福祉、食、農業をテーマにした番組司会、講演などで活躍中。野菜を作る「ベジアナ」として、農ある暮らしの豊かさを提唱、全国の農村を回る。