『全南島論』 壮大な論理のロマン


社会
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『全南島論』吉本隆明著、安藤礼二解説 作品社・5832円

 吉本隆明が生前、発刊を心待ちにしていた大著『全南島論』がいよいよ発刊された。発行にかなり時間を要したのは、南島に関わる論考を網羅する困難さがあったからであろう。事実、発行予告が出た昨年からでも3点ほど追加されている。当然、予告されたページも530頁から589頁になり、定価も上がった。

 本書の「まえがき」と「あとがき」は2005年に既に書かれていた。「まえがき」で吉本はまず、学問的な仕事としては柳田國男の『海上の道』、折口信夫の「日琉同族論」などを意識し、文学的には埴谷雄高、島尾敏雄への関心があったと記した。吉本が沖縄に目を向けたのは、日本列島の大和王権は弥生時代から始まっているが、しかしそれ以前に縄文の時代があり、痕跡は沖縄のほうに多く残っている、つまり弥生の大和王権の遺制以前のものが沖縄に見いだせるというところにあった。1970年の頃で、当時、沖縄は祖国復帰運動のさなかにあった。吉本は政治ではなく、文化問題で日本を変えることができるはずだと考えた。

 今、考古学の若い研究者らの間では「沖縄は旧石器時代の宝庫」と位置づけられているのだと聞く。1万年以上も前の人骨が、日本国内では類をみないほど多く沖縄で発見されているからである。京都が千年の都といわれるが、その十倍以上も古い時代に人間が住んでいたというのは、すごいことである。沖縄の土壌が人骨を保存するのに適していたといわれているのも事実、しかしこれら先住民はどこから来て、その後どうしたかということは問いたくなる。

 かつて柳田國男、折口信夫、島尾敏雄、岡本太郎が古琉球以前の琉球のかたちに迫っていったように、吉本隆明もその謎に迫っていった。いずれも日本の源流をたどりたい、日本の文化の根っこに目を向けなければならない、との思いからであった。

 恐らく読者は読みながら、壮大な論理のロマンを手にすることになるであろう。一つ、残念なのは校閲が十分になされなかったということはあるが。
(比嘉加津夫・「脈」同人)

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 よしもと・たかあき 1924年東京生まれ、評論家。文学、思想、宗教を掘り下げ、戦後思想に巨大な影響を与えた。「共同幻想論」など著書多数。2012年に死去。次女は作家よしもとばなな。

 あんどう・れいじ 1967年東京都生まれ、文芸批評家。大江健三郎賞、伊藤整文学賞を受けた2008年の「光の曼陀羅」など著書多数。

全南島論
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