体験継承の意義共有 「わくこえネット」初の学習交流会


社会
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 修学旅行生らを対象に平和学習ガイドなどに取り組む県内4団体でこのほど結成された「わくこえネット」は3日、初めての平和学習交流会を糸満市の県平和祈念資料館で開いた。県観光ボランティアガイド友の会顧問の吉嶺全一さん(83)=那覇市=が、糸満市摩文仁での戦争体験を講話した。「わくこえネット」は今後も年数回程度の学習会を重ね、沖縄戦体験の継承に関わる他の団体とも連携を深めていく方針だ。平和ガイドや一般参加者ら約60人が、沖縄戦の体験を語り継ぐ意義や、今後の活動などについて意見を交わした。

沖縄師範健児之塔の近くで、吉嶺全一さん(右から2人目)の体験を聞く参加者=3日、糸満市

 吉嶺さんが第一国民学校2年のころ、太平洋戦争が始まった。1944年、疎開のため乗る予定だった船に乗れなかった。「その後『撃沈された』とうわさを聞いたが、国は発表しなかった。後で対馬丸だったと知った」と話した。

 45年の米軍上陸後は艦砲射撃の中を祖母、母と共に逃げた。東風平、具志頭から摩文仁まで、ガマ(自然壕)などを転々とした。6月下旬に米軍に保護された。「米兵から缶詰をもらい、腹いっぱいになって初めて周囲を見回す余裕ができた。辺りは死体の山で、緑も全て焼き払われて砂漠のようだった」と振り返った。

 吉嶺さんは講演後、戦時中に隠れていたガマがあった沖縄師範健児之塔(同市摩文仁)周辺を参加者と共に訪れ、当時の状況を説明した。

 交流会で参加者は自身の戦争体験や、平和ガイドとして活動する上での課題などを話し合った。

 「わくこえネット」の構成団体は県観光ボランティアガイド友の会、県平和祈念資料館友の会、沖縄平和ネットワーク、南風原平和ガイドの会。沖縄平和ネットワークの北上田源事務局長は「緩やかなつながりを他の団体や個人の平和ガイドにも広げていきたい」と話した。