<「県外移設」という問い>3 高良沙哉(沖縄大学准教授)


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高良沙哉(沖縄大学准教授)

高橋哲哉「沖縄の米軍基地」を読んで〈上〉

自らの責任を直視/植民地終わらせる好機

 最近、在沖米軍基地問題に関心を寄せるヤマトンチュから、「沖縄は独立した方が良いのではないか」と言われることが増えた。この助言(独立するか否かはウチナーンチュが議論することであり、そもそも助言されるいわれはないのだが)は、沖縄の問題は自分には無関係という楽観的な意味合いを言外に匂わせる。しかし、本書の「終章」にもあるが、沖縄が独立するということは、基地を日米安保条約(以下、安保条約と略する)下の沖縄以外の日本が引き受けることを意味する。沖縄が独立すれば、ヤマトンチュにとっては、安保条約を根拠とした米軍基地を日本本土で引き受けるか、憲法9条を実現し安保条約を終わらせるのかという自らの問題が発生するのである。

 

ヤマトンチュの責任

 日本国憲法は前文で平和的生存権を規定し、第9条で武力によらない徹底した平和主義を規定していることから、平和憲法といわれる。しかし、平和憲法下において、憲法と矛盾する安保条約が存在し国内における米軍の駐留を認め続けている。本書において指摘されているように、平和憲法と矛盾する安保条約を80%もの国民が支持しているにもかかわらず、条約に基づく基地負担は沖縄に凝縮されている。日本本土からは見えにくい沖縄に、安保の負担を過度に負わせ、その不平等性や人権侵害、沖縄において平和主義が適用されていない現実を無視することによって成り立っているのが、平和憲法と安保条約の共存体制である。憲法9条を守っているだけでは、憲法9条の適用の外にある沖縄の基地負担を解消することはできないのである。この基地の不平等な押し付けの根幹に、いまだ続く日本による沖縄の植民地支配がある。

 これまで、多くの研究者たちが、沖縄を訪れ、研究題材としての沖縄を調査・研究し、研究成果を得てきた。しかし、「対象」としての沖縄に客観的に接し、研究成果を持ち帰るだけであって、基地を「引き受ける」「持ち帰る」という発想を欠いていたか、避けていたように思う。そうして、問題の渦中にいることを余儀なくされているウチナーンチュに、自らの責任には無関心なヤマトンチュ研究者によって提示される研究成果は、ときにウチナーンチュを不快にした。憲法9条を支持し、安保条約に反対して、沖縄をたびたび訪れる平和運動家も、沖縄との「連帯」を叫び、基地反対運動に参加してともに闘ったとしても、抵抗運動における昂揚(こうよう)感を持ち帰るだけで、基地を「引き受ける」「持ち帰る」という申し出は非常にまれか、ほとんどなかった。

 本書は、ヤマトンチュの研究者である高橋哲哉氏が、ヤマトンチュの責任を直視し、「県外移設」論に取り組むものである。高橋氏が「県外移設」論を展開しているからといって、安保条約維持に賛成しているわけではない。憲法9条を堅持し安保体制からの脱却を進めたいと述べている。

 例えば、反戦平和運動と「県外移設」は矛盾しないと説く。80%もの国民が安保条約を支持している現実の中では、安保廃棄を待っていたらいつまでも沖縄に基地が集中してしまう。ヤマトに基地を移設した後で、反戦平和運動としてヤマトの有権者の責任で安保条約の廃棄や基地の全廃に取り組めばよいと述べている。

 高橋氏は、「沖縄は本土のためにある」という観念が、近代日本を貫いていると指摘している。このような考えが、安保体制を支え、沖縄に安保の負担を押し付け続けているのである。「県外移設」は無謀な要求ではなく、米軍基地を安保体制下において本来あるべき場所に戻すという意味があると、高橋氏は述べる。

普天間だけで解決せず

 沖縄は、不自然なほど不平等な基地負担の継続のために、軍事化され、アメリカの行う戦争に加担させられ、憲法の平和主義は実現されず、住民の日々の生活や人権が脅かされてきた。辺野古新基地建設強行の現場では、表現の自由が弾圧され、生命までも脅かされようとしている。「県外移設」は、人権や平和、あるいは単に平穏な日常を求める、基本的な要求である。本書では、辺野古新基地建設と普天間飛行場の「県外移設」だけではなく、在沖米軍基地全体に目が向けられている。広大な普天間飛行場がなくなっただけでは、沖縄における不平等な基地負担が解消されないほどの基地の重圧が存在しているのである。

 基地を沖縄に押し込め、ヤマトンチュとしての自らの責任を曖昧にしたまま、在沖米軍基地問題に取り組む研究者や平和運動家、そして安保条約を支持するヤマトンチュは、「県外移設」という高橋氏の提起に、どう応答するのだろう。無視し、現状を黙認するのだろうか。「県外移設」の提起は、安保条約をどうするのか、憲法9条を実現するかどうかという、問いにつながる。そして沖縄に対する植民地支配を意識的に終わらせる好機でもある。
(高良沙哉、沖縄大学准教授)
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 たから・さちか 1979年那覇市生まれ。北九州市立大学大学院博士後期課程修了、県内大学非常勤講師を経て、2010年から現職。専門は憲法。著書に「『慰安婦問題』と戦時性暴力」(法律文化社)など。

※注:高良沙哉の「高」は旧漢字