【検証・一括交付金】(1)島で透析「助かる」 伊江にセンター開所


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透析を受けながら、新里智センター長(左)と談笑する上間忠雄さん=2日午前、伊江村川平の村立診療所透析センター(金良孝矢撮影)

 「イチ、ニ、サン…」。午前8時すぎ、築2年の伊江村立診療所透析センター2階の待合室に、剛柔流空手道龍全会師範でもある診療所の阿部好弘所長の掛け声が響く。人工透析患者が看護師と空手の基本動作をしながら呼吸を整えていた。

 腎臓機能が低下し、血液中から人工的に老廃物などをこし取ることが必要な透析患者。4~5時間の透析に入る前に空手の所作を習う患者は、病院内にいるとは思えないリラックスした表情だ。

 天井が高く開放感のある透析室は11床。最新の透析液粉末溶解装置や透析監視装置、水処理装置が整備されている。患者はそれぞれのベッドで看護師から透析準備を施されると眠ったり、テレビを見たりして過ごす。

 透析センターは沖縄振興一括交付金の沖縄振興特別推進交付金(ソフト交付金)を活用して施設設計から用地購入、建設、備品購入をし、2014年4月に開所した。

 「何も心配することなく、とっても助かる」。腎臓を悪くして1995年から透析が必要になった玉城静子さん(82)=伊江村=は、治療を受けながら取材に応えた。玉城さんは透析センターが開所するまで、20年近く名護市の病院に週3回通院していた。

 伊江島から船で本部港に着き、そこからタクシーで市内へ移動。荒波でフェリーが出ない時は漁船をチャーターし、必死に波を越えて治療に向かった。台風接近の時は本島へ前日に入りホテルに宿泊したが、15日間も宿泊せざるを得なかったこともある。

 当然、宿泊費は自己負担。村が05年に1泊4600円を助成する制度ができるまで負担は大きかった。合併症で心臓も悪い玉城さんは、練り物や汁物が駄目で食事に気を付ける必要があり、その分食費もかかる。伊江島から名護への通院は経済的、体力的、精神的負担は相当なものだった。

 玉城さんは「今は船の時間を気にしなくて済むし、寝間着のまま来られる。機械も上等だし、施設ができてだいぶ変わったよ」と笑顔で透析センター完成を喜ぶ。

◆仕事も観光も心配なし/人口減歯止めに期待

一括交付金を使って建設された伊江村立診療所透析センター=1日午前、同村川平

 伊江村内には透析患者が約20人いる。村にとっても透析施設の建設は悲願だった。村は2011年度から人工透析施設整備検討協議会を立ち上げて準備を進めてきたが、12年度から始まる一括交付金の活用に動く。

 交付金の獲得に向けた県や内閣府との調整では、離島医療の充実や透析を要する観光客でも来島できる環境づくりを主張した。最も強く訴えたのは台風来襲の多い沖縄の気候的な特殊事情と離島だからこそ起きる透析患者の経済的、肉体的、精神的負担の大きさだった。施設運営のための医師やスタッフの確保も村独自で動いた結果、交付が決定した。

 事業実施期間は12~13年度の2年間で総事業費4億8965万円。運営は村が担う。施設は村立診療所の隣に造られ、医師2人と看護師4人、臨床工学技士1人が処置に当たる。患者にいつ何事があっても処置できるよう、スタッフには突発的な対応も求められている。

 施設ができたことで、村出身で島外に住む透析患者が安心して“里帰り”透析できるようになった。観光客もこれまで2人が事前に透析センターに受け入れを確認して来島し、治療を受けながら観光を楽しんだ。

 門中のノロの行事に参加するために村に戻り、透析を受けていた玉城伸子さん(75)=浦添市=は「清明祭やお盆、正月に安心して里帰りできるよ」と喜ぶ。

 透析センターの新里智センター長によると昨年11月、生まれつき透析が必要な高校1年生が修学旅行で来島し、治療を受けながら民泊をし、同級生らと体験学習ができたという。新里センター長は「うれしい出来事だった」と振り返った。

 島内の患者は48~88歳で、働いている人もいる。薬剤師の内間俊和(しゅんわ)さん(69)=伊江村=はこれまで仕事をしながら名護へ通院し、「精神的に負担が大きかった」と言う。今は治療後の午後から働ける。「明るい希望が出てきたし、すぐ仕事にも行ける」と話す。

 上間忠雄さん(74)=伊江村=も透析治療を受けながらたまに漁に出る。午後に用があるため、この日は午前中に治療を受けた。台風の心配もせず、いつでも治療に来られる気軽さから「病気でない感じがする。安心感があり助かっている」と評価する。

 透析センターは、人口減少が進む伊江村の定住条件を整える一つの要素にもなり得る。村の人口は、15年の国勢調査(速報値)で5年前より475人(10・0%)減の4262人。減少率は41市町村で3番目に大きい。安心して住める環境整備は課題だ。

 島袋秀幸村長は施設完成を「安心安全で過ごせる環境を整えて本当に良かった」と歓迎しつつ、「移住要件にもなり、今後の可能性も高いのではないか」と期待を込めた。(金良孝矢)

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 12年度に始まり今年で5年目を迎える沖縄振興一括交付金と沖縄21世紀ビジョン基本計画。県は中間評価を踏まえ今後の沖縄振興につなげる。初めて創設された一括交付金制度。県や市町村は戸惑いながらも工夫を凝らして実施してきた。一方で執行率の低さが指摘され、17年度概算要求で減額の理由とされた。現場から成果を振り返り、今後に向けた課題や展望を占う。