『根間智子写真集 Paradigm』 凡庸さを超える視線


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根間智子写真集 Paradigm

『根間智子写真集 Paradigm』根間智子著 小舟舎・3780円

 『Paradigm』は、根間智子による写真集である。根間は写真・絵画・ガラス・映像作品を手掛ける現代美術家で、ギャラリー「space青燕」主宰。批評・文学・アートなどを自由に発表する同人誌『las barcas』(「小さな船」の意)の編集委員も務めている。

 本作は沖縄県内で撮影された。月の満ち欠けの連続体、何ものか簡単には判別できない草や木々、車窓から目に飛び込む建物-。根間自身の言によると、「風景はそこに存在し、『私』だけが時速60キロで動いている」(『las barcas』別冊)。ここで気付かされるのは、ものを「流して見る」ことこそ、加速する世界に生きる我々に課された、凡庸な経験となっているということだ。しかしこの経験はだからこそ、カメラを透き通すことで、根間はもちろんそれぞれの鑑賞者の視線に(も)共有されることが可能となる。この共有を通して、わたし/あなた/あの人/この人……のとりとめもない生活空間が共振する。だからこそ、開発に開発を重ね、あっという間に変容してしまう具体的な場所=〈風景〉を眼に焼き付けることで、立ち止まらないことを是是とする権力への、視線による抵抗を可能にするのではないか。

 本作に時折挟まれる漆黒の頁(ページ)もまた印象的だ。網膜が暗闇から像を写し取ろうとするがかなわないあの瞬間、撮った写真を現像すると真っ黒で困り果てたあの瞬間を想起する。そこで人間にとっても機械にとっても、世界を掌握し完全に制御することが不可能であることを考える。

 用紙・印刷ともに細部の加工がニクイ。表紙にはその角度によって目に入っては消える煌(きら)めきがある。勢いよく捲(めく)ることに躊躇(ちゅうちょ)してしまうほど剥落(はくらく)しそうな、しかしその必然性を感じる製本も示唆的だ。本作の豊かな世界から、互いの差異に戸惑いつつも他者と触れ、共鳴することを願ってやまない人間の在り方を重ねて考えてしまう。写るものと写らないもの、写真(集)の可能性に身を委ねることで、この社会の鱗片(りんぺん)が手触りをもって見えてくる。(村上瑠梨子・青土社『現代思想』編集部)

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 ねま・さとこ 1974年、沖縄県生まれ。県立芸大非常勤講師。現代美術家。写真、絵画、ガラス、映像作品を発表している。