『〈境界〉を越える沖縄-人・文化・民俗』 多角的論考で新視点


社会
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『〈境界〉を越える沖縄-人・文化・民俗』小熊誠編 森話社・3240円

 本編著は、長年にわたって沖縄研究に従事してきた小熊誠が中心となり、民俗学者/人類学者/社会学者らの協力によって編まれたものである。

 では、沖縄の何が「境界」で、何が「境界」を越えているのか。編者の小熊いわく、沖縄を取り巻く「境界」とは、日本/中国の間に位置する地理的な「境界」によって育まれてきた歴史の「境界」であり、それはまた、移動・移住・移民を経験した人々を取り巻く文化的な「境界」である。例えば、沖縄の父系血縁集団である「門中」には、日本の家制度と中国の宗族制度の影響を見て取ることができる(小熊)。「門中」はまた、歴史の中で生まれ歴史を生きてきた存在であるが、現代の「門中」の一部(例えば久米系の毛氏や阮氏など)には法人化された団体もある(武井基晃)。他方で沖縄特に八重山は、近代日本の枠組みにおいて台湾と接してきた「境域」である。沖縄のパイン産業における台湾系移民の重要性は知られているが、近年、台湾人観光客が増加する中、台湾側/八重山側双方がもつ他者イメージには、齟齬(そご)がみられるという(上水流久彦)。

 本編著にはこの他にも、次のような諸論考が収められている。沖縄の「日本復帰」と同年に起こった「日華断交」後を生きた台湾系華僑の歴史と現在(八尾祥平)、出稼ぎ/就職/進学などによって県外に渡った人々とその故郷が村落祭祀(さいし)を通じて改めて結びつく状況(平井芽阿里)、「墓の移動」を巡る人々の思いや葛藤といった生活のリアリティ(越智郁乃)、ブラジルでカルト領域と〈ユタ〉領域にまたがって生きた霊能者としての沖縄系女性の呪術宗教的救済世界の二重性(森幸一)。

 「沖縄学」は、その誕生から百年の時を刻み、膨大な研究成果を蓄積してきた。本編著が提起する「境界」という視点は、沖縄の辺境性を指すものではない。それは逆に、隣接諸地域から、あるいは移住/移民先で多様なものを受容し、独自に再構成してきた「沖縄」なる存在の柔軟性と創造性に、新たな光を照射するものである。
(石垣直・沖縄国際大学教授)

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 おぐま・まこと 1954年生まれ、横浜市出身。沖縄国際大教授などを経て現在は神奈川大学歴史民俗資料学研究科教授。