<米大統領選と東アジア 日米同盟、基地はどうなるのか>3 ダグラス・ラミス


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遠い市民社会の変化/沖縄から1個ずつなくす

 20世紀前半に活躍した物書き・評論家であったH・L・メンケンは、選挙民主主義について以下のように書いた。
 「民主主義の下では一方の党はもっぱら他党が支配党として不適任であることを実証するために精力を費やす。-そしてどちらも共通して成功し、しかも正しいのである」
 今までの米国の選挙のうち、メンケンの冷たい言葉に最も合っているのが、今年の大統領選だろう。両方の候補者は、自分の政策の良さというよりも、相手の候補者には大統領になる資格がない、さらにその人が卑劣な人間だと実証するために精力を費やしている。そして二人ともかなり成功している。二人の、相手が不正を働く、犯罪的なことをしたことがある、嘘(うそ)をよくつく、大統領になったら国が危ない、という議論には、説得力がある。

トランプの方がいい?
 ところで、トランプ候補が本当に「嘘」をつくかについては、疑問がある。人は本当のことを知った上でわざとそれと違うことを言うとき、それが「嘘」と呼ばれる。嘘つきの言葉の裏には、その言わなかった真実の意識がある。ところが、トランプの言葉の後ろには、何もないようだ。しゃべっている現在の状況に合わせて言葉を選び、状況が変われば言葉も変わる。そして「昨日こう言っただろう」と言われたら「言っていない」と彼は答える。ある意味で、それは正しいかもしれない。つまり、言葉を振り回したが、その言葉の裏には何もないので、何かを「言った」ということではないのかもしれないのだ。
 例えば、米軍基地の全てを東アジアから撤退すればいい、と発言したことがある。本当にそう考えているか、それともそれはただその瞬間の思いつきなのか、わからない。しかし日本から米軍基地の全てを撤退してほしい何人かがそれを聞いて「だったらトランプの方がいいじゃないか」と私に話した。もちろん原則では、米政府はそう決めれば一方的に米軍基地は東アジアから撤退することができる。しかし、今の日米政治の状況では、仮にアメリカがそうするなら、再軍備を求める日本政府はどのように対応するだろうか。
 日本国民の60%前後が憲法9条を支持しているが、80%以上が日米安保条約を支持している。つまり、戦争放棄の9条の支持者の多くが、米軍事力に「守って」もらっていると思い込んだ上で、9条を支持している、ということだ。米軍基地が突然、米政府だけの決定によって消えれば、その軍事力に守ってもらいたい80%の多くは、日本の再軍備を支持し、政府は簡単に憲法9条をなくし自衛隊を国防軍に変えられるだろう。
 しかし、アメリカの大統領選の結果によって、米軍基地が突然なくなることはまずないだろう。アメリカの有権者の多くはトランプにもうんざりしているので、彼を大統領にすることがないだろう。仮にトランプが大統領になり米軍を東アジアから撤退しようとしても、米政府の官僚、特に軍部がそれを止めるだろう。
 クリントンが当選すれば在沖米軍基地はどうなるだろうか。オバマ大統領の政策を基本的に続けるか、あるいはオバマの政策よりさらに攻撃的になるかもしれない。「辺野古が唯一の解決策」という日米政府の決まり文句を言い続けるに違いない。つまり、沖縄から見ると、この選挙に関して「どちらがいいか」という問いの答えは「ない」ということだ。

根本的解決
 反戦平和を求める人々が根本的解決を望むのは当然である。もしヤマト日本とアメリカ両国で反戦平和を求める市民社会ができ、それによってそれぞれの国で反戦平和を求める国会と総理大臣や大統領が選挙で選ばれたら、沖縄・日本から全ての軍基地はなくなるだろう。遠い将来の希望だが(アメリカでそれがどれだけ遠いか、今度の選挙ではっきりわかる)、その希望をなくしてはならないだろう。
 しかしこの遠い将来の希望と、沖縄の今の問題、つまり普天間基地の辺野古移設という問題とは次元が違う。アメリカや日本の市民社会が根本的に変わるまで待つのは、新基地建設問題の解決につながらない。
 しかし、沖縄は待つ必要がない。ヤマト日本やアメリカにないような反戦平和市民社会が、沖縄にはもうできている。そしてその市民社会はますます強くなっている。日米で少数となっている反戦平和運動を応援しながら、それぞれの運動が選挙で国家権力を取るのを待たず、米軍基地を1個ずつでいいから、沖縄からなくせばいい。
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ダグラス・ラミス

 だぐらす・らみす 1936年米サンフランシスコ生まれ。沖縄キリスト教学院大客員教授。ベテランズ・フォー・ピース(VFP)琉球沖縄国際支部代表。2000年から沖縄に住む。著書多数。