『沖縄からはじめる「新・戦後入門」』 二つの「戦後」基に問う


社会
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『沖縄からはじめる「新・戦後入門」』佐藤幹夫編 言視舎・1728円

 「私はずっと戦後でいいんじゃないの? と思います。戦後70年、100年、200年…。戦後が続くことは、日本が戦争しないということだから」

 あるニュースサイトで女優の大竹しのぶさんが語った言葉である。けだし名言である。戦争ができる国家へと暴走する現政権を批判する主張として、これほどわかりやすく共感できる言葉はない。

 がしかし、これ以上続けてはならない戦後もある。日本の矛盾と不合理が集中する「沖縄の戦後」である。

 日米両国家の思惑によって島そのものが「基地化」され、復帰後も理不尽な暴力と無法状態がまかり通っている沖縄は本土の戦後史とは白と黒ほどに異なっている。一つの国に二つの「戦後」が存在する現在の異常な状況をどう読み解き、どうすれば出口のない閉塞(へいそく)状況を突破できるのか。

 一冊の中に沖縄と本土の二つの戦後を並べ、比較検討した本書が編まれた意図はまさにその点にある。天皇と憲法、対米従属、反復帰論の系譜など、著名な論客たちによるさまざまな提言が縦横につづられているが、興味深いのは戦後認識の在り方を問い続けている文芸評論家の加藤典洋氏の発言だ。氏は、沖縄の基地問題は「米国と日本の問題」であると明確に指摘した上で、これを解決するには「基地の存置」それ自体を問い直し、「基地の撤去を米国に求めることを選択肢の一つに加え、問題を置き直す以外にない」と結論づけている。

 現政権は何がなんでも米国の国益を優先し、自国民である沖縄の民意を「圧伏」する姿勢を変えようとしない。基地を使用しているのは米国であり、その当事者性を問う意味でも「基地撤去」は「対米自立」の視点を盛りこむことが不可欠だろう。

 本書では戦争と性暴力についても詳述されている。読みながら、女性の視点で基地問題を見ることの重要性にあらためて気づかされた次第である。抜け落ちがちな問題だけに一読を勧めたい。
 (仲村清司・作家、沖縄大学客員教授)

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 さとう・みきお 1953年、秋田県生まれ。80年から千葉県の特別支援学校に勤務し、87年から個人編集の「飢餓陣営」を発行。2001年からフリージャーナリスト・フリー編集者として活動している。