社会

「不屈」の市長に全国から共感 沖縄の米軍弾圧に抵抗、今と重なる闘い

「亀次郎の言葉が県民の闘いを支えていると思う」と語る内村千尋さん=沖縄県那覇市の不屈館

 沖縄の復帰前に米統治下での弾圧に抵抗した政治家、瀬長亀次郎さん(1907~2001年)が1957年1月5日に那覇市長に就任した日から60年を迎える。瀬長さんに関する資料を展示する不屈館(那覇市若狭)には、政府が名護市辺野古への新基地建設や米軍北部訓練場のヘリパッド建設を強行する中、全国から共感のメッセージが寄せられている。

 内村千尋館長は「米統治下よりひどい無法地帯のような状況で県民が団結して闘っている背景には、島ぐるみでカメジローを支えた当時の経験がある。現在はカメジローの言葉が、皆さんを支える力になっているのではないか」と話している。


瀬長亀次郎さん(1950年代ごろ)

 瀬長さんは人民党事件で米当局により投獄され、56年4月に出獄。同年12月に那覇市長に当選し“赤い市長”誕生の報道が米国に衝撃を与えた。就任後は米国民政府が補助金を打ち切るなど弾圧。多くの市民が納税することで瀬長さんを支え、財政危機を脱した。

 不屈館には全国から訪問者が相次ぎ、館内に「不屈の精神は辺野古、高江の闘いにつながっている」「勇気づけられた。決して諦めない」など、来館者からカメジローへのメッセージが張り出されている。

 ほかに名古屋市の団体職員、宇野進二さん(51)が2013年から毎月30個ずつ届けている手作りの「瀬長くん人形」も、12月で計千個となった。サンタクロース姿やエイサーの装いなど工夫を凝らした人形を届けてきた宇野さんは「人形がお土産として全国に広がり、瀬長さんの気持ちも広げてくれるといい。今後も作り続けたい」と話す。

 内村さんは沖縄の民意に反した基地建設が強行されることに対し、瀬長さんが1956年10月20日の日記に残した「民衆のにくしみに包囲された軍事基地の価値は0にひとしい」との言葉を挙げて「現在の状況と同じだ。政府は辺野古で作業を強行するだろうが、県民は負けない」と強調した。(宮城隆尋)