prime

<メディア時評・共謀罪、4度目の上程>思想まで制限する法 恣意的取り締まり可能に


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 4度目の正直、ということか。政府が2017年通常国会に共謀罪の新設のための法案提出を固めたと報じられている。
 法案は02年の法制審議会での検討を経て翌03年の通常国会に提出され廃案、引き続き翌04年の通常国会に再度提出されたものの05年夏の衆院解散に伴い廃案、そして選挙後すぐの特別国会に提出され継続審議になっていたが、09年夏の衆院解散で廃案になったという経緯をたどっている。
 内容に問題があるからこそ、これまでは成立に至らなかったわけであるが、今般の国会情勢からすると、「国会上程=法案成立」との見方が強い。この間、微修正が何度か施されているものの、法の本質に変更はなく、さらに06年段階において、民進党の前身である民主党が国会提出した修正案を受けて与党修正案が作られた経緯もあって、法案成立の条件はほぼ整っている状況だ。

目的のすり替え

 現在、政府が提出を予定している法条文は別表のとおりだが、初めにその中身についておさらいしておこう。まず必要性について政府はテロ対策強化を挙げる。折しも20年の東京五輪に向け、さらなる治安対策の強化を図るということだ。それもあって、名称を「テロ等組織犯罪準備罪」に変更、対象を組織的犯罪集団に限定するなどしたものの、条約で懲役・禁錮4年以上の犯罪を対象とするとされていることから、共謀罪の対象犯罪は現時点で676に及ぶとされている。

 法案のきっかけは、00年に日本も中心国の一つとして作った国際的な組織犯罪に対処するための国連条約だ。政府は条約が共謀罪の国内法整備を要求していると主張するが、条約批准の絶対条件にはなっていない。なおこの条約は、子どもポルノや麻薬などの国境を越えた犯罪を取り締まるために設けられたもので、折しも発生した米国同時テロ9・11を契機にテロ対策に利用する動きが急速に生まれたものの、国際組織犯罪とテロ対策が直接関係ないことは言うまでもない。

 ちなみにこの法案の露払い役として、既に2つの法律が制定されている。特定秘密保護法と改正盗聴法だ。前者には既に3種類の共謀罪が規定されており、後者は共謀者を探知する手段として欠くことができない捜査手法だからだ(盗聴対象が「数人の共謀によって実行される組織的な…重大犯罪」である)。ちなみに、共謀罪は、公務員法や自衛隊法の争議行為禁止規定などにおいても定めがある。これらに今回、五輪対策という錦の御旗が掲げられ、外堀は既に埋められた感がある。しかしこの法案は、民主主義社会の根幹である思想の自由、表現の自由、集会・結社の自由に甚大な影響を与えることが明らかだ。

事実上の検閲行為

 まず〈内心〉を罰するという点において、憲法が保障する思想の自由に抵触する。日本では「既遂」(犯罪が実行されて結果が出た段階)を処罰することを基本原則としている。その例外は、殺人・強盗などの重大犯罪で、凶器を準備するなどの準備の段階で処罰する場合と、さらに社会の基盤を揺るがすような内乱の陰謀罪等に限定されている。それを一気に万引やキセルといった相対的に軽微な罪にまで広げることで、原則と例外の逆転を生んでしまうことになる。

 これは、例外の一般化であって、取り締まる側の恣意(しい)的な判断で、およそ誰でも捜査対象とされる可能性が生じることになる。これは、戦前戦中の危険思想の取り締まりとして共謀罪が活用された時代そのものであって、他国よりも人身の自由を手厚く保障し、個々人の市民的自由を守ってきた現行の憲法体系において許されない。

 しかもこうした人の気持ちを推し量って共謀の意図を断定する行為を、もっぱら捜査機関の判断に委ねることは、〈恣意〉的な検挙を無制約に許すことにつながるであろう。既に今日においても、辺野古・高江の市民運動リーダーを、いわば身柄の拘束を目的として長期拘留する事態が生じている。今後は、より広範かつ日常的に盗聴や潜入捜査によって市民のプライバシーに立ち入った監視を行い、取り締まり側の都合による逮捕・拘留が可能になるということを意味する。まさにこれこそが表現の自由に対する大きな脅威だ。

 なぜなら、その後に不起訴や裁判で無罪になっても、「その時、その場所」で発言することを止められることは、事実上の検閲行為そのものであるからだ。それができるのは、基準が曖昧であるなど、捜査当局の恣意性が許される場合が多い。そして予定される法案も、2人以上が話し合って合意することが罪になるという〈曖昧〉な基準だ。しかも、実行行為前という第三者から見てわかりづらい段階のために、もし問題があると思っても反駁(はんばく)がしづらいという状況が生じることになる。

修正は歯止めにならず

 政府は表現の自由など基本的人権に配慮するとの条項の新設と、単なる共謀だけではなく「準備行為」を条件に加えた。しかしこの準備行為は、同時期に銀行から預金を引き出したといった、日常的な行為を準備行為と認定できるなど、恣意性を払拭(ふっしょく)するには至っていない。あるいは配慮条項は司法判断において多少の情状酌量の可能性を示唆するだけであって、ここに挙げたような捜査段階の恣意性を排除するものではない。

 そもそも、もし条約の批准が必要だとしても、既に日本には先にも触れたとおり、陰謀罪や共謀罪、さらには予備罪や準備罪が少なからず存在しており、新たに共謀罪の対象を広げる必要性はない。あるいは、どうしても条約の条件にそぐわなければ留保や解釈宣言という手法もある。

 表現の自由を侵害する可能性がある法制度が近年続いているが、さらに思想の制限にまで踏み込んだ治安立法が生まれる社会は恐ろしい。これまでの国会内での懸念の声を数の力で封じ込めて、こうした社会の仲間入りしないことを切に願わざるを得ない。

 (山田健太 専修大学教授・言論法)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 2006年6月16日第164回国会衆議院法務委員会提出の「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」に対する与党側修正試案(一部)
 第6条の2
 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、組織的な犯罪集団の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行について具体的な謀議を行い、これを共謀した者は、その共謀をした者のいずれかによりその共謀に係る犯罪の実行に必要な準備その他の行為が行われた場合において、当該各号に定める刑に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。