『芭蕉布物語』 引き込まれる美の探求


社会
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『芭蕉布物語』柳宗悦著 松井健解題 榕樹書林・1620円

 「今どきこんな美しい布はめったにないのです」

 民芸を主宰した柳宗悦が昭和17年につづった『芭蕉布物語』はこのような印象的な言葉で始まる。このように冒頭のフレーズが口をついて出てくる本に巡り合うことはほとんどない。それほど、この言葉は心に刻まれた。それはこの本の読者の多くが感じたことであろう。

 『芭蕉布物語』が刊行されたのは今から74年前、柳は広く普及したいと考えていたが、戦時下では彼が思う形で出版することがかなわなかった。武州小川の手すき和紙を本紙として、表紙には陸前柳生産の紙に朱染の加工を施した限定本となったが、別の形で柳は自分の考える本づくりができたと述べている。この初版本は現在、大変高価な貴重書となり、気軽に手にとって読むことが難しい。

 昨年9月、この『芭蕉布物語』が榕樹書林より松井健(東京大学名誉教授)の解題を付して復刊された。初版本の雰囲気を残しつつ、安価で誰でも入手できる形となっている。

 手に取って読んでみた。文章の美しさに引き込まれていく。柳の言葉を借りるなら、今の我々が話す言葉は「醜いものがいたく蔓延(はびこ)って、無遠慮な振る舞ひを至る所でしている」ということになるのだろう。ページをめくりながら、昔語りのように音読したのだが、子供たちに美しい日本語を読み聞かせる良い題材だと思う。

 「芭蕉糸」「糸績(うみ)」「糸括(くくり)」「糸染」「裃巻(かみしもまき)」「絣(かすり)柄」「機織」「絣味(かすりあじ)」と製作工程を紹介し、「芭蕉着」「夏衣」と芭蕉布を、「織手(おりて)」と続き、短いセンテンスでまとめられた文章はとてもわかりやすく、読み進むうちに、これが単なる芭蕉布の話ではないことに読者は気づいていく。後書で「芭蕉布を例證(れいしょう)として(略)美しさの泉を訪ねるのが目的であります」と柳は趣旨を述べている。

 柳とはどういう人物なのか、なぜ『芭蕉布物語』を出版したのか、読むうちに、あふれてくる興味や疑問を松井氏の解題が分かりやすく導いてくれる。

 ものづくりとは何かを考える人にすすめたい一冊である。
 (與那嶺一子・沖縄県立博物館・美術館主任学芸員)
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 やなぎ・むねよし 1889年、東京生まれ。1961年没。日本民芸運動の創始者。1938年から40年にかけ4度にわたって沖縄を訪れ、陶芸・染織・漆芸などを本土へ紹介した。

 まつい・たけし 1949年、大阪市生まれ。東京大学名誉教授。人類学専攻。1972年から沖縄調査を始めた。柳宗悦についての著書に「柳宗悦と民藝の現在」などがある。

芭蕉布物語
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