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沖縄研究 第一人者 仲原善忠氏の資料発見 識者「非常に貴重」

新たに見つかった仲原善忠氏の資料=東京都世田谷区の自宅

 【東京】おもろさうし研究など沖縄研究に多大な功績を残し、沖縄人連盟会長や沖縄文化協会会長などを歴任した仲原善忠氏の書簡や日記、写真、原稿、メモなど段ボール二十数箱分に上る資料が20日までに見つかった。東京都世田谷区にある仲原氏の住宅でファイルなどに収められ、破損などがほとんどない良い状態で保管されていた。歴史家の東恩納寛惇氏とやりとりしたメモや、戦前の沖縄の写真も含まれている。沖縄研究者らは「大きな発見だ。仲原氏の研究過程や人脈、研究のやりとりの中身などを知る上で非常に貴重だ。意義深い」と話している。

 今回資料が見つかったのは、米国統治時代の沖縄の歴史教育を研究している、お茶の水女子大大学院生の萩原真美さん(42)が遺族に手紙を出したことがきっかけ。

 資料の中には、歴史家の東恩納寛惇氏が研究会など公の場で発言したことのメモもあった。そこには東恩納氏が1950年に出版した「南島風土記」出版記念会で、同氏が「自分は最後の沖縄人だ」と述べたとし、他の研究会では「自分は封建主義者だ」と発言したなどとも記されている。

 これまで仲原氏が所持していた資料のうち、遺族が1966年に書籍を中心に琉球大に譲り渡し「仲原善忠文庫」となった。73年にも法政大沖縄文化研究所に資料を提供している。

 今回見つかったのは日記や書簡、原稿、写真、ノート、メモ類など。新史料が含まれている可能性もある。法政大沖縄文化研究所が今後整理・分析する。

 見つかった資料の中には、「贈呈 沖縄財団」「1939年 四・五月撮影」と書かれ、沖縄の風景や文化財などの写真144枚を収めたアルバムもあった。那覇市歴史博物館学芸員の外間政明さんは、糸満市の沖縄協会に同じ内容の写真集が所蔵されているとし、「おそらく戦後、当時の南方同胞援護協会(後の沖縄協会)に映画会社から何冊か寄贈された物だろう。その一部が、仲原氏宅に送られたのではないか」と話している。

 早稲田大の学生時代、おもろさうし研究のために仲原氏の自宅に通った池宮正治琉球大名誉教授は「仲原氏は普段は言葉が少ないが、行動は早かった。誰とどんなやりとりをしていたか、資料で分かるはずだ」と期待を込めた。法政大沖縄文化研究所所員として仲原氏の遺族と交流の深い仲程昌徳琉球大元教授は「これだけ大量の資料が見つかったことは瞠目(どうもく)に値する。歴史研究者だけでなく、沖縄の文化に関心がある人にとっては大きな発見だ」と話した。(新垣毅)

仲原善忠(なかはら・ぜんちゅう)
 1890~1964年。久米島の旧仲里村出身。県立師範学校を経て広島高等師範学校を卒業、静岡師範、中国の青島(チンタオ)中学の教諭を務め、24年から東京の私立成城第二中の教諭となる。48年に沖縄文化協会を東恩納寛惇氏らと設立、初代会長。おもろさうし研究のほか、琉球文化への深い洞察など沖縄研究に多大な功績を残した。