生き残れ だが捕虜になるな ひめゆり教師の苦悩 特別展、11月末まで延長


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特別展のパネルや資料に見入る来場者ら=12日、糸満市のひめゆり平和祈念資料館

 ひめゆり平和祈念資料館が戦後70年を機に2015年12月から始まり、17年3月末までの予定だった特別展「ひめゆり学徒隊の引率教師たち」が好評で、延長されている。11月末までの予定。同館は従来、中学生や高校生の世代に相当する学徒に関する展示が多かったが、特別展では初めて引率教師たちについて重点的に焦点を当てた。戦場へ引率し、多くの生徒が犠牲になったことに対する教育者の苦悩が色濃く出ている。同館は来館者から延長の要望が相次ぎ、8カ月の延長を決めた。

 同館は従来、教育を受けた学徒側の視点での展示が多かったが、戦場動員につながった教育者側の視点で展示することで沖縄戦の悲劇を見詰め直すことを目的に特別展を企画した。

 引率した教師18人を巡るコラムや家族への手紙、戦死した生徒らの名簿や死亡時の記録、教師らの顔写真や略歴、人柄などもまとめている。2015年に制作した証言ビデオも上映している。

 引率責任者の西平英夫さんは、6月18日の解散命令の後に「一人でも多く生き残らねばならない。しかし、捕虜にはなるな」と生徒らへ話したが、自ら矛盾を感じて言葉が途切れたことも手記に残している。

 来館者が同館に残した感想には「同じ教師として教え子が目の前で負傷する、死ぬという光景は絶対に見たくない。引率教師たちはどのような苦悩をしていたのだろう」(岐阜県の56歳男性)などの声があった。

 東京から修学旅行の引率で来館した高校教員の男性(30)は本紙取材に「同じ教員として(国からの)いろんな制約がある中でつらい立場だったと思う」と語り、当時の教師たちの立場をおもんばかった。戦争の悲劇を繰り返さないために「自分の言いたいことが言えない状況にならないようにしないといけない」と思いを新たにしていた。

 自らもひめゆり学徒として沖縄戦を体験した島袋淑子館長は「壕から出て水くみや伝令に行く時、先生方は『気をつけて、激しかったら帰ってくるんだぞ』と絶えず声を掛けてくれた」と振り返る。「先生方もあまり戦争を知らなかったと思う。情報は国が流すラジオしかなく、国の命令に逆らうことができなかった」と当時の状況を振り返った。

 特別展に関し、普天間朝佳副館長は「先生方がおびえていた様子や、解散命令後、どうしたらいいのか分からなかった部分が出てくる。(戦争の)実像が浮き彫りになるような展示だ」と指摘した。戦場へ生徒を引率した教師に関し、幅広い意見が出る中で「実際の教師たちの実像はどうだったかを知ることが、戦争を理解する上でどんなに大事かを感じた」と強調した。
(古堅一樹)