『手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い』 課題解決へ「急がば回れ」


社会
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『手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い』玉城英彦著 人間と歴史社・1944円

 地域や集団を調査し、病気の原因と考えられる要因と病気の関連性について統計的に検索する手法を「疫学」という。公害などの原因を探る手段としても用いられてきた。

 しかし、今回の書は、単なる「疫学」の解説書ではない。一人の産婦人科医の壮絶な生きざまを描写しつつ、著者玉城英彦氏の人生観、社会観で裏打ちされた味わいのある書である。疫学という学問の魅力を解説する中で、現代の若者に刺激を与えることを意図とした啓蒙(けいもう)の書でもある。

 「手洗い」。現代社会においては感染症予防のための常識である。過去に常識が、常識ではなかった時代が存在した。妊娠・出産が命がけの時代があったのだ。産褥熱(さんじょくねつ)で4人に1人の若き女性が出産後に死亡しても「産みの苦しみ」として片づけられていた。

 「産褥熱」の要因を疫学的手法でひもといていく過程での葛藤。真実を証明するための研究者のいちずな探求心と正義感。ゼンメルワイス自らの性格が転じて、それを取り巻く社会との確執の中で悲惨な物語を演出する。

 著者は沖縄県本島の北部、今帰仁村古宇利島の出身である。私とは、名護高校の同期であり、ヤンバルで青春時代を共にした仲間である。彼は、沖縄の小さな島から、疫学という手法を携えて世界を駆けめぐった。世界保健機関(WHO)を舞台に、エイズに関する疫学に取り組むと共に、県のエイズ対策にも指導的な役割を果たした。鳥インフルエンザの問題を含めて、広域化する大感染症の時代を迎え、著者への期待はさらに高まる。

 「疫学」は、個々の課題を社会との関わりの中で解き明かしていく。著者は現代の若者に呼び掛けている。社会との関わりの中で、真理を追究する情熱と大志を抱き続ける忍耐をもって前途に、そして身近に進んで灯りをともす努力を惜しまないことを。そして、「急がば回れ」と。

 (石川清司・介護老人保健施設「あけみおの里」施設長)

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 たましろ・ひでひこ 1948年今帰仁村の古宇利島生まれ。北海道大学国際連携機構特任教授。著書に「恋島への手紙」(新星出版)、「社会が病気をつくる-『持続可能な未来』のために」(角川学芸出版)など。

手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い
玉城 英彦
人間と歴史社
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