『八重山日和り』 土着の感覚、自由闊達に


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『八重山日和り』宮城信博著 文藝春秋・1500円

 無類に面白い本である。短文の愉快な話が無数にある。書名で少し損をしていないかと思うのは、確かに八重山の話が多いには違いないが、人を知らなくても見えるような気がするからだ。文章が自由闊達(かったつ)で、見事によく流れている。

 よくこれだけの材料を記憶の底から拾い出したものだと思う読者が多かろう。登場人物を知る人はもちろん頷(うなず)き感嘆するだろうが、知らなくても普遍的な楽しみを得られるように書かれている。

 そして、八重山のことだけでない。東京の大学に行っていた体験談が、八重山出身者ということと絡んで二重のユーモアを醸し出す。映画の話から-〈レストランの中。一人客の男にウエーターが恭しくたずねる。「ムッシュー。焼き加減は?」にこりともせずにムシューが答える。「三分四十五秒」/僕はこれを真似てステーキ屋(石垣牛ッ)で同じように言ってやろうと思いつつも、「しっかり焼いてネ」としか言えないのである。〉

 右の「石垣牛ッ」の「ッ」は発見であった。ふつうに「!」と書く。この種のキメ細かい面白さを十分に達した本である。

 種豚の風景がある。

 〈豚は鼻息荒く早足でオジサンが追いつくのもやっと、というときもあったり、またうってかわって、いくらむちあててもヨタヨタとしか歩けない場合もあった。/行きと帰りとでは大違い、という意味が分かったのは、さらに後になってからだった。〉

 〈本格的な港が出来るまでは艀(はしけ)が使われていた。その船賃を徴収する人は太った赤ら顔のオジサンだった。叔母は「海辺の赤人」と言っていた。文学少女らしい発想である。〉

 八重山土着の感覚が万葉集の教養で濾過(ろか)されている。八重山の人が読めば、いろいろと思いあたる人が多かろうが、よそ者でも十分に楽しめる。

 惜しむらくは数十件にも上ろうかと思われる話柄が、題名をわずかしかもたず、従って目次もない。他人に紹介するのに、手数が掛かる。たくさんの付箋を用意せねばなるまい。(大城立裕・作家)

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 みやぎ・のぶひろ 1946年、石垣島生まれ。八重山高校をへて、早稲田大学政経学部卒業。八重山料理「潭亭」主人。

八重山日和り 北木山夜話 増補改訂版 (文藝春秋企画出版)
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