『沖縄、時代を生きた学究 伝 東江平之』 戦後沖縄知識人像に迫る


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『沖縄、時代を生きた学究 伝 東江平之』辻本昌弘著 沖縄タイムス社・2160円

 いつの時代もそうであったように、抑圧・弾圧された地域、民族が自己回復を達成する作業は痛苦に満ちたものである。その思想的な作業こそ自己検証という創造的な行為であった。過去を検証し、未来へとつなぐ主体性の確立-。これが戦後初期沖縄知識人としての東江平之の課題であった。本書を読んでの感慨である。

 本書は八章からなる。一章アガリヤー、二章名護湾の畔で、三章越境する家族、四章その時、僕は戦場にいた、五章混沌、混沌、混沌、六章新しき世界、七章沖縄人の意識構造、八章時代。そこには少年期の生活環境、移民ディアスポラ、鉄血勤皇隊(三中)としての体験、米国留学とエール大学での博士号取得、異文化接触による自己覚醒などなどが叙述されている。

 米軍政下の沖縄への帰郷はまさに戦後知識人としての東江の思想的出発点であった。同時に米留経験者はどのように研究すべきかが問われていた。それは同時代に留学を経験した大田昌秀、宮里政玄、米須興文・そして数奇な哲学者米盛祐二らにも共通した問題意識であった。これら知識人群像は米国統治下の沖縄の矛盾・不条理に果敢に立ち向かい、次々と研究成果を発表していった。こうした事例は戦後日本においても稀有(けう)な知的現象であって、沖縄の置かれた過酷な状況の反映であった、といえよう。

 さて、著者も関心を寄せている沖縄人の精神構造はこうした背景から生まれた。60年代初頭といえば沖縄人がどこに向かうべきかという深刻な課題に直面していた時代であり、東江の自己検証による沖縄人像の提起は大きな反響と影響を及ぼした。現在を生きることは過去を検証することであり、そこから古き事大主義、権力迎合主義を克服して新しい沖縄人像を創出することである。本書はその意味でも戦後沖縄知識人像の構築に迫った力作である。

 全八章を通読すると、われわれの世代や心理学を学んだ多くの教え子たちが敬愛してやまない人間東江が描き出されている。一読を勧めたい。(比屋根照夫・琉球大学名誉教授)

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 つじもと・まさひろ 1972年生まれ。東北大大学院准教授。専門は社会心理学。主な著書は「語り-移動の近代を生きる」。

沖縄、時代を生きた学究─伝 東江平之
辻本昌弘
沖縄タイムス社
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