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ハンセン病への差別学ぶ 高校生とともに考えるやんばるの沖縄戦

沖縄戦当時、入所者が避難していた早田壕前で話をする平良仁雄さん(右)=10日、名護市の国立療養所沖縄愛楽園

 【北部】「第23回高校生とともに考えるやんばるの沖縄戦」(名護市教育委員会主催)が10日、名護市の国立療養所沖縄愛楽園で開かれた。北部地域の5校の生徒66人と学校関係者10人、一般10人の計86人が参加した。愛楽園は「らい予防法」によって、ハンセン病の患者が隔離・収容された歴史がある。沖縄戦で亡くなった愛楽園の入所者が2004年に初めて糸満市摩文仁の平和の礎に刻銘されたことや、退所者であることを隠していた平良仁雄さん(78)らの話を聞いて、「差別」をテーマに愛楽園の歴史を学んだ。

 久米島出身で9歳の時に愛楽園に入所した平良さんは、園内を歩きながら高校生に自身が体験したことを一つ一つ説明した。

 平良さんによると、施設で家族と会う際は、壁で隔たれた「面会室」でのみ面会が許されていた。平良さんは「父がここに来て面会したことをはっきり覚えている。白衣を着けた職員が監視していた。面会室は刑務所と一緒だった。父と握手もできなかった。それはらい予防法があったからだ」と机をたたきながら大きな声で話した。「面会時間はうれしいし、楽しい時間だったが、自分が隔離されていると実感する時間でもあった」と怒りと苦しみを込めて語った。

 沖縄戦当時、入所者らが掘った早田壕前では「突貫工事で入所者が手で掘った。末梢(まっしょう)神経がなくなっているので、感覚がないまま掘り続けた。けがをしても気付かず、今も手足が不自由な人がいる」と説明した。

 平良さんは、沖縄戦で亡くった愛楽園の入所者が04年に初めて平和の礎に刻銘されたことについて「ハンセン病であることを知られたくない、話したくなかった人がいる。人間として見なされていなかった。この悲しい歴史を繰り返してはいけない」と語った。

 さらに、名護市辺野古で工事が進む新基地建設について触れ「今の沖縄を考えた時、沖縄は幸せでしょうか。らい予防法と沖縄の基地問題は通じるものがある。国は、同じ過ちを繰り返そうとしている。平和はどこから来るのか。一人一人が考えてほしい」と話した。

 北部農林高1年の東江優里奈さん(15)は「ハンセン病のことは初めて知った。差別を受けて人前で話せなかった平良さんの思いを、自分たちの世代が受け継いでいきたい」と述べた。