「この小指、銃撃で失った」 知念勝盛さん 戦争の恐ろしさ語る


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
米軍の攻撃の影響で切断した小指が入った瓶(台の上)を持参し、来場者に体験を語る知念勝盛さん

 沖縄戦当時1歳だった知念勝盛さん(74)=南風原町=は、伊江島で米軍の攻撃を受けた影響で左手小指がない。14日、那覇市の県立博物館・美術館で始まった沖縄戦・南洋戦の「体験談パネル展」の会場に、茶色い瓶にホルマリン漬けにして保管している自らの左手小指を持参し、戦争被害の深刻さを訴えた。

 知念さんが戦後、父親らに聞いた証言によると、1945年4月、伊江島に住んでいた知念さんは水くみに出た母の背におんぶされている際に米軍の銃撃を受けた。母の左肩に銃弾を受け、1歳だった知念さんは左手小指を負傷、皮だけでつながっている状態になった。父は知念さんの小指に刻みたばこをすり込んで包帯を巻いて、つなげた。

 しかし、小指の部分だけが乳児の時のまま成長しなかったため、25歳の時に手術し切断した。会場へ瓶に入れた小指を持参した理由について「写真ではなく、本物の方がリアルに伝わる」と語る。顔を洗う時もいつも4本指の左手が目に入る。「戦争の2文字がいつまでも付いてくる」と明かし、二度と戦争を起こしてはいけないと強調した。

 (古堅一樹)