「事故」発言、菅氏修正せず 普天間の返還合意巡る答弁、具体名は示さず


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菅義偉官房長官

 菅義偉官房長官は16日の記者会見で、1996年の米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の日米返還合意に至るきっかけで「22年前に事故があった」と発言したことに対して「事件」の誤りだと指摘されたことについて、「普天間飛行場を巡る議論の前提として、過去から米軍による事故が沖縄で発生して、危険除去が求められていたことも事実だと申し上げた」と述べ、修正しなかった。あくまで「事故」を強調した形だが、具体的にどの事故を指すのかとの質問には答えなかった。

 菅氏は15日の参院内閣委員会で「22年前に事故があって、当時橋本龍太郎元首相とモンデール米大使との間で県内移設が合意をされた」と答弁し、質問した木戸口英司氏(希望の会)から「事故と言ったが事件だ。普天間の危険のすり替えに聞こえる」と指摘された。

 普天間飛行場を巡っては、1995年の少女乱暴事件を受けて日米特別行動委員会(SACO)が立ち上がり、96年に返還が合意された。「22年前の事故」とは何かを問われた菅氏は「22年前の事件」を契機に返還に向けた議論が始まった経緯を説明した上で、なお「過去から米軍による事故が沖縄で発生して、危険除去が求められていたことも事実だ」と「事故」の存在を強調した。

 「22年前の事故」が何を指すのかと3度質問されたが、菅氏は「昨日(の内閣委員会で)お答えした」と述べるにとどめた。