入砂島・米軍ヘリトラブル 通報認識 地元置き去り


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 渡名喜村の入砂島(出砂射爆撃場)に米軍普天間飛行場所属のAH1Z攻撃ヘリの緊急着陸が県や村に知らされたのは発生から5日後の11日だった。地元の危機感とは裏腹に、別のヘリで機体をつり下げて移送することも事前に自治体への連絡はなかった。背景には、事態を重くみる地元と、日本政府・米軍の認識の差がある。1997年の日米合同委員会は事件・事故の通報手続きを定めたが、今回の問題が対象に当たるかどうかさえ関係機関の解釈は分かれており、機能していない。日本政府が米軍の行動を全く制御できない実態も改めて露呈した。

■「大惨事の可能性」

 入砂島に緊急着陸したヘリは6日からとどまり、察知した渡名喜村は9、10の両日、防衛局に詳細を問い合わせた。だが防衛局も実態を把握できず、十分な情報を得ることはできなかった。桃原優村長に連絡が入ったのは11日午前10時ごろで、既に機体はつり下げられて離陸し、渡名喜島周辺の海を越えていた。桃原村長は「本来なら不具合があった時点で知らせるべき。つり下げて運ぶにも事前連絡があるべきだ」と厳しい表情で指摘した。

 渡名喜島周辺では夜間にシロイカ漁、昼間はミーバイやタイなどの一本釣りもできる。11日は天候不良で渡名喜村の漁船はほとんど海に出ていなかった。自身も漁業を営む比嘉正樹渡名喜村議会議長は「天気が良ければ船を出していた。那覇から釣り客を乗せた遊漁船も多く来る。重大事故につながりかねなかった」と危機感を示した。

 緊急着陸機が持ち込まれた読谷村周辺の海域も、ダイビングを楽しむ観光客らが多く、ミジュンやシビマグロなどを捕る定置網漁が盛んだ。読谷村の仲宗根盛和副村長は12日、県と市町村でつくる県軍用地転用促進・基地問題協議会の定例要請で米軍キャンプ瑞慶覧を訪れた際に直接、米軍に懸念を伝えた。「大惨事になる可能性もあった。事前に連絡せず、市民に危険や不安感を与えたことに強い憤りを感じる」と訴えた。仲宗根副村長は本紙の取材に「事前に分かれば漁協やダイビング協会にも注意喚起できた」と説明した。

■認識の差

 「防衛局には事前にメールと口頭で知らせた」。在沖米海兵隊は13日、読谷村のトリイ通信施設へ緊急着陸した機体をつり下げて移送したことに関し、本紙の取材にこう回答した。しかし沖縄防衛局によると、米軍から連絡が入ったのは11日午前9時15分。目撃者によると、つり下げられたヘリが入砂島を離れたのは同10分ごろで、米軍からの連絡が防衛局に入った時点で既に移送は始まっていた。

 さらに防衛局を通じて県や渡名喜村、読谷村に移送の情報が伝わったのは移送が終了した午前9時50分以降だ。確かに米軍から防衛局への通知は入砂島を飛び立った機体がトリイ通信施設に到着する前だが、県の金城典和基地対策課長は「地元に共有して対策を取る時間が確保できなければ、『事前』の意味がない」と批判した。

 通報の根拠についても認識の隔たりは大きい。事件・事故の通報手続きを定めた97年の日米合意には「差し迫ったもしくは既に発生した危険・災害で、日本人やその財産に実質的な傷害・損害を与える可能性があるもの」とある。これに当たるかどうかで判断が分かれる。

 県は、緊急着陸とつり下げ移送ともに事前通報するべきだとの立場だ。一方、防衛局と米軍は今回の事案が日米合意に基づく通報対象とならないとの見方だ。在沖米海兵隊は本紙の取材に「礼儀として通報した」と強調。米軍関係者の一人は米軍機の緊急着陸について「事故を起こさないため予防的に着陸したのに、なぜ沖縄では騒がれるのか」と、トラブルに当たらないとの認識を示した。

(明真南斗、半嶺わかな、當銘千絵)