南西地域の自衛隊強化 住民保護 二の次 軍事衝突なら島中戦場 避難計画「自治体責任」


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 防衛省が南西地域の防衛力強化の動きを進める中、陸上自衛隊が敵の侵攻を想定した島しょ奪還訓練を国内外で実施している。国境に近くレーダーやミサイル部隊が置かれる防衛施設は有事の際に真っ先に標的となる可能性が高く、自衛隊配備が進む宮古、八重山など先島諸島も例外ではない。南西地域での自衛隊配備の「空白」を埋める動きは何をもたらすのか。島しょ奪還作戦が現実のものとなった場合、そこに暮らす住民はどうなるのか。

 20XY年、中国軍戦闘機が宮古島と与那国島の自衛隊のレーダーサイトを破壊。同時に上空の輸送機や艦艇から与那国島、多良間島に上陸した兵士が島を制圧し、住民を拘束した―。実写化映画が話題の漫画「空母いぶき」では、尖閣諸島の領有を巡り日中が先島周辺で軍事衝突を繰り広げる。政府は戦後初の防衛出動を発令し、自衛隊のF35Bと中国軍戦闘機の空中戦や、占領された島の奪回作戦が描かれる。

 こうした事態は現実に起こるのか。元自衛官や識者の見方はさまざまだ。

 「見た目では軍隊と分からない形で入ってくるグレーな占領方法もある。漁船やクルーズ船に乗ってくることも想定される」。陸自に30年以上在籍した元陸将補の吉富望・日本大教授は有事の可能性をそう語る。「尖閣諸島や台湾が近くにあり、先島に何も手当てしないことは『守る気がない』という明確なメッセージになり侵略を誘発する」として、陸自配備による抑止の必要性を説く。

 一方、軍事評論家の前田哲男氏は「国民向けに尖閣諸島や離島奪還の看板を掲げておけば陸自配備も受け入れられやすい。実際に石垣島や宮古島が攻められるとは考えにくい」と島しょ奪還作戦に懐疑的だ。陸自配備については「狙いは離島奪還に名を借りた中国封じ込めで、いざとなれば沖縄本島と先島諸島の間の海上を封鎖できるという能力を示すためだ」と見る。

 先島諸島には約10万人が暮らし、観光客も年々増加している。仮に標的とされ戦場となった場合、島にいる民間人は守られるのだろうか。実際の島しょ奪還訓練の内容や公にされた防衛省内の検討資料などで重視されているのは戦術的な部分で、住民保護の視点は抜け落ちているか、優先度は低い。「住民保護の一義的な責任は自治体で、自衛隊ではない」と打ち明ける現役自衛官もいる。

 吉富教授に住民保護が二の次になっていないかを尋ねると「自衛隊にも沖縄戦の二の舞にしたくないという思いは強いが、住民保護の議論がなかなか進んでいないという面はある」と答えた。

 2004年の国民保護法の制定に伴い、自治体で有事などに備えた「国民保護計画」が策定されるようになった。石垣、宮古島の両市でも作られたが、狭い島内での逃げ場や5万人規模の人口を島外に避難させる手段は限られ、リアリティーに乏しい。

 元航空自衛官で南西地域の陸自配備計画に反対するジャーナリストの小西誠氏は、現代の紛争や戦争には平時と有事の区別がない「シームレス」な性質があるとして、住民保護は困難だと指摘する。「近くの離島に避難させるか、島内のどこかに収容させるかのどちらかだが、海上封鎖されていれば輸送船は通れず、ミサイル部隊は移動しながら闘うので島中が戦場になる」(小西氏)

 昨年11月、石垣島で戦闘を想定した奪還作戦に関する防衛省の内部文書が国会で取り上げられ、国民保護が検討されていないことを問われた岩屋毅防衛相は「国民保護に最大の配慮を払いつつ、もし侵攻があった場合には奪回を考えていくことは当然のことだ」と説明した。だが、住民の安全に関する議論は宙に浮いたまま、自衛隊配備計画が進んでいる。

◇用語

 離島奪還作戦 有事の際、島しょ部に侵攻された場合に奪還する作戦。防衛省は島しょ地域への攻撃を想定し陸海空の3自衛隊が一体となって対応する島しょ防衛の一環に位置付けている。防衛省は基本的な考え方として、相手より先に部隊を展開して侵攻を阻止することとしている。それでも事態が悪化して侵攻された場合に離島奪還作戦を実行する。

 この作戦を担う専門部隊として昨年3月、陸上自衛隊に日本版海兵隊と言われる水陸機動団を創設。今年3月に増強し、現在は約2400人規模。米軍との共同訓練も実施している。昨年11月には、石垣島を戦闘現場に見立て、島しょ奪還を試みた場合に必要となる戦力などを検討した防衛省の2012年の内部文書の存在も明らかになった。