政治

高知への在沖米軍基地移設を論議 96年、当時の橋本首相と橋本知事

 前高知県知事の橋本大二郎氏が26日までに琉球新報のインタビューに応じ、1996年の日米特別行動委員会(SACO)での普天間飛行場返還交渉当時、首相で実兄の故橋本龍太郎氏との間で、高知県への在沖米軍基地移設を論議していたことを明らかにした。

橋本前知事は、那覇軍港の受け入れに理解を示しながらも、直前にあった少女乱暴事件を念頭に海兵隊の受け入れは「地元説得が面倒」と拒否したことも明かした。
 当時、内閣審議官だった守屋武昌元防衛事務次官によると、那覇軍港の移設には、普天間飛行場の部隊などとの連携が必要とされ、高知県では統合的な場所を確保できないことから、最終的に立ち消えとなった。
 那覇軍港の受け入れ先を想定していたのは、高知県西南部の宿毛(すくも)港湾。橋本前知事によると、宿毛市に隣接する三原村には以前から空港整備の要望があり、自衛隊基地建設の提案も出ていたという。
 橋本前知事は「海軍だけ移るというのなら地元説得もできるし、やる意志はあった」と那覇軍港受け入れに前向きだったと言明した。その上で三原村の空港誘致の延長として普天間飛行場移設の可能性には、海兵隊員による事件発生を念頭に断った。

<用語>宿毛港湾
 高知県の宿毛市と大月町にまたがる1960ヘクタールの港湾で九州への海の玄関口。水深が深く天然の良港で、戦前は旧日本海軍の艦隊の練習地として利用されていた。地元は物流拠点の港湾整備の促進を図り、1986年に重要港湾の指定を受けた。2006年、08年に米海軍イージス艦が入港した。


那覇軍港受け入れを橋本龍太郎首相(当時)と話し合っていたと話す橋本大二郎前高知県知事=23日、東京都内のホテル