<48>“決死隊”ヘリ基地を襲う 1971年1月1日・朝刊

 突然、米軍が射撃演習場を設置し、演習を強行しようとしたことに対し国頭村民が猛反発。1970年12月31日、同村安田区民の決死隊が伊部岳山頂のヘリコプター基地を急襲、施設や備品を壊し燃やすという事態に発展した。現地で同日開かれた抗議村民大会。山川武夫国頭村長は「突如平和なわが村に実弾射撃計画がまい込んだが、これはまさしく自然を破壊し村民の生命をおびやかすものだ。祖先代々受け継がれてきたこの土地を一坪たりとも破壊させてはならない」と激しく米軍を批判した。本紙は現場の緊迫した状況を1面トップで報じた。

 ―この日、村民を中心とする阻止隊が未明から発射場近くや着弾地点に結集。同村安田区民の決死隊五十人(男子の青壮年で編成)が伊部岳山頂のヘリコプター基地を急襲、施設や備品を壊し燃やしたほか、発射場では村の青年行動隊がバリケード前まで迫り、米兵と対立するなど同基地は住民によって包囲された形である。午前九時すぎ発射場近くの丘で抗議村民大会が開かれた。抗議村民大会ではまず、対策本部長の山川武夫同村長が「きょうすでに安田区民の決死隊が着弾地点にはいり込んでいるほか、発射場も包囲しており、状況によっては場内に突入して阻止することになろう。けわしい山間部での戦いであり、条件はきびしいが生命財産、生活権を守るためにあくまで戦おう」と決意を披歴。新里前光同議長らも「戦いは長期化することが予想されるが、ひるむことなく戦おう」と訴えた。
 ―米軍第三海兵師団は国頭村川中に急ごしらえした射撃演習場で三十一日午前十時から射撃演習を開始する構えだったが、住民の阻止行動で午前十時三十分現在演習は開始されず、住民と米軍とは対立したまま不穏な空気に包まれている。米軍側は早朝から数度にわたりヘリコプターで武装兵、弾薬類を発射場に運び込み午前十時半現在、武装兵は五十人以上に増している―と現場の状況を報じた。
 立法院の軍関係特別委も行動を起こす。
 ―中山委員長らは三十一日午前九時からキャンプ・コートニーで第三海兵師団の司令官ルイス・W・ウィルソン少将と会見。同少将は「三十一日の射撃演習は今週いっぱい(二日まで)中止する。演習指定地が鳥獣山林保護地域であるかどうか調査を終えるまで、実弾演習はしない」と語った。米海兵隊は同日午後「演習を暫定的に延期する」と発表した。
 住民の決死の行動が米軍「実弾射撃演習」を中止に追い込んだ。