芸能・文化

『二人の「少女」の物語―沖縄戦の子どもたち』 戦場の運命たどり惨禍描く

『二人の「少女」の物語―沖縄戦の子どもたち』大田昌秀著 新星出版・1260円

 この本は「沖縄戦の子どもたち」の副題が付いているように、沖縄戦とはどのような戦争であったのか、子どもたちはどのような目にあったのかを主眼に、米軍が撮影した多くの写真、なかでも「二人の少女」の写真を通して「地獄の戦場」の様相を描き出している。
 「二人の少女」とは、著者の大田昌秀が編集した写真記録『これが沖縄戦だ』(1977年、琉球新報社刊)に掲載された、おかっぱ頭のうつろな目をした「少女」と、ボロのもんぺをはいてはだしのまま三角形の白旗を掲げている「少女」のことである。この2枚の写真は、戦争に巻き込まれた子どもたちの姿を象徴的に、しかも衝撃的に示していた。

 この写真に写った主たちが著者の前に相次いで名乗り出てきたのは、戦後40年も経てからだった。傷ついた片腕を首からつるし、疲れ果てたように座り込んでいたおかっぱ頭の「少女」は、実は男の子で、その名は大城盛俊(当時13歳)であった。もう1人の「白旗を掲げつつもシャッターを切る音におびえをみせる少女」が、比嘉(旧姓松川)富子(当時7歳)であった。
 著者はこの「二人の少女」の数奇な運命をたどるにあたって、第1章で平和な時代の沖縄を紹介し、第2章で世界大戦と日本のかかわりを明らかにしつつ、第3章で戦場の「少女」の悲劇としてまとめている。
 2人の「少女」はそれぞれに家族と離別し、死線をさまよう。一体、どのような不幸や境遇の下におかれ、戦場を生き延びたのか。少女富子はどうして一人白旗を掲げて投降したのか。また大城盛俊少年はどうしておかっぱ頭になっていたのか、なぜ負傷したのか…、謎解きのようにその生い立ちや戦場の体験を、そして戦後の今日に至るまでを克明に語らせている。
 何よりも表紙、グラビア、本文の中に挿入された100点以上の写真をみると「戦争の惨禍については、いくら書いても書き足りない」と言う著者の思いが伝わってくる。
 (平良宗潤・県歴史教育者協議会委員長)
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 おおた・まさひで 1925年久米島生まれ。元県知事。学徒兵として沖縄戦を体験。現在、大田平和総合研究所主宰。「沖縄、基地なき島への道標」など著書多数。