芸能・文化

『鎮魂と抗い』 非情な現実を深く刻む

『鎮魂と抗い』山本宗補著 彩流社・2500円

 「鎮魂」と「抗い」。その、どちらをも置き去りにしてはならならない。“と”で結ばれた二つの思想と姿勢が意味する事実。本書に収録されたスティール写真と(写真の「説得力」をあらためて実感)、紡ぎだされた言葉を前に、鎮魂と抗いを深く、さらに深く心に刻む。

 どちらが欠けても、「あの日」と「あの日以降」を丸ごと受け止めることはできない。「ここ」から始め、何度となく「ここ」に戻り、残された私たちは鎮魂と抗いを続けるのだ、せめて。
 本書の前半、「鎮魂」は地震と大津波で壊滅した地で、死者や行方不明者を弔い続ける僧侶の姿を追っている。「五体投地して死者を供養する」(写真キャプションより)。「犠牲となった180人の檀家の塔婆を書く」。
 後半は、震災の翌日から始めた福島各地での取材で出会った、それぞれの「抗う個」を追っている。
 「放射能スクリーニング検査を受ける」住民。信号だけが点滅する無人の町。「原発事故から9か月後のある酪農家の牛舎」と記された写真には、餓死してミイラ化した牛が。
 表紙は、二つの写真で構成される。宮城県女川の仮埋葬場に並ぶ多数の塔婆の写真が鎮魂を。そして、「自らの被曝と引き替えに、牛を生かそうと東電と国に抵抗する道を選んだ」酪農家が抗う個、を象徴する。
 まさに鎮魂と抗いの「かたち」がここに。非情な国の、非情なこの現実を深く刻んだ本書。それを何度目かに開いた連休の午後。母親と共に沖縄から上京した女の子に偶然に会った。「この子、とうきょうには、オスプレイ、とばないの?って聞くんでです」。
 犠牲のシステムの上に胡坐をかいた権力。いのちと人権を脅かすすべてのものへの「抗い」は続く。そして抗いの水底にあるのは、抗えずに、あるいその途上で亡くなり、去っていった人々へ「鎮魂」である。
 後書きの最後で、山本宗補さんご自身、「終末期を迎えた」お母さまと暮らしながら、この取材を重ねてこられたのだ、と知った。 (落合恵子・作家)
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 やまもと・むねすけ 1953年長野県生まれ。フォトジャーナリスト。国内では「老い」と「戦争の記憶」のテーマで取材。著書に「3・11メルトダウン 大津波と核汚染の現場から」

鎮魂と抗い―― 3・11後の人びと
山本 宗補
彩流社
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