西原の壕から象牙印鑑 「野田満」佐賀出身兵か


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西原町内の旧日本軍陣地壕で見つかった象牙製の印鑑

 【西原】沖縄戦で旧日本軍が観測用陣地として使ったとされる西原町内の壕から、隊員の遺品とみられる象牙製の印鑑が6日までに見つかった。篆(てん)書体で「野田満」の氏名を記しており、糸満市摩文仁の平和の礎には佐賀県出身者に同姓同名の刻銘がある。発掘した遺骨収集ボランティアの高江洲善清さん(63)は「戦争遺品で持ち主のフルネームが分かるのは貴重だ。関係者の元に戻してあげたい」と呼び掛けている。

 印鑑は長さ3センチほどで角形。5日に高江洲さんが壕内を掘ったところ、印鑑と一緒に鹿の角製のきせる、軍靴も見つかった。遺骨の出土はなかった。高江洲さんは「鹿の角製のきせるや襟カラーなど、階級の高い兵隊が壕内にいたのかもしれない」と語った。
 西原町は沖縄戦最大の激戦地の一つで、第32軍の司令部がある首里城を前に日米両軍が住民を巻き込み猛烈な攻防戦を繰り広げた。町内各地には日本軍の掘った陣地壕が数多くあり、今も遺骨や戦争遺品が出土する。
 印鑑の見つかった壕は東シナ海を一望できる高台にあり、分度器や無線機用電池が出土していることから観測と通信が行われていたとみられる。