『院内カフェ』中島たい子著


社会
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共生するには距離が要る
 私の父が入院をした時、その大きな病院内にはコンビニがあった。消毒綿とか紙おむつとか室内履きとか、明らかに他店とは異なる品ぞろえを誇りながら、でもそこははっきりとコンビニなのである。雑誌コーナーには立ち読み客がいて、レジ横では肉まんが湯気を上げている。

 その隣にあったのは、ちょいと高級なチェーン店のコーヒーショップ。ドリンクもフードメニューも他店と変わらず、長い診察の待ち時間をここでじっとりと過ごした記憶がある。
 この物語は、そんな「院内カフェ」を舞台にしている。土日だけレジに立つ、主婦で作家の亮子。その夫でパン屋を営む航一。原因不明の難病患者である孝昭と、その妻・朝子。それぞれの季節を生きる2組の中年夫婦の思いが、このカフェで交錯するのだ。
 病院でも外界でもない場所。このカフェはそんな位置づけで語られる。医師も患者もその家族も、同じように現れては飲み物を注文し、飲んで帰ったり持って帰ったり。患者は自分が「病人」であることから少し離れ、家族は「介護人」であることから少し距離を置く、そんな空間。
 特に本作は、後者を襲う嵐を克明に描き出す。こちらがどんなに気をつけていても、どこか不意をつく場所に落とし穴があって、そこから家族は突然病に引っぱり込まれる。どれだけ尽くしても、尽くさなくても、後悔が残る永遠のスパイラル。けれどそれでも、人はいつか必ずそのスパイラルを生きねばならない。そんな時に、じゃあどうやって自分を保つのか。
 孝昭に突きつける離婚届まで用意した朝子は、しかし、ある方法を編み出す。嵐にのみ込まれず、でも夫のそばにいる方法を。不妊に悩んでいた亮子と航一も、やがて穏やかな境地に至る。そもそも誰かと共に生きていくって厄介だ。百パーセント理解しあうことなど絶対不可能。でも、ある程度は理解を交わせなきゃ生活は立ち行かない。その、どちらでもない程良い距離というのがきっと夫婦それぞれにあって、長い時間をかけてそれを探り当て、その距離感を生きることが夫婦生活ってやつなんだろうなと、私は唐突に自分の両親のことを思い出したのだ。
 (朝日新聞出版 1400円+税)=小川志津子
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。
(共同通信)

院内カフェ
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