『反人生』山崎ナオコーラ著 世界はどこにあるのか


社会
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 4編からなる小説集。表題作の舞台は今から20年後。ひとり穏やかな生活を営む55歳の「萩子」が主人公だ。彼女が暮らす街の様子は、私たちが知っているこの景色と少し違って、でもだいたい同じである。夫を失い、でも貯金はそこそこあるので、社会の流れに焦ることもいじけることもなく、一定のリズムで日々を重ねている。

 冒頭で描かれる萩子の、心を乱さないようすみずみまで注意を払った生活ぶりにまず唸る。そう、ひとりの生活はとかく心が乱れる。そしていったん乱れてしまったら、その大火事は自分で消さなければいけない。非効率なことこの上ないのだ。だから朝はまず新聞を読む(紙の)。惹かれた記事はスクラップブックに貼り付ける。ちょっとサンドイッチでも作って公園に行ってみたりする。
 彼女は週に3回、近くのレストランでアルバイトをしている。萩子は同僚の若い女子「早蕨」に想いを寄せていて、彼女を眺め、話をする時間が萩子の生活に張りを持たせている。早蕨からしたら、萩子は年長の、けれど理解力のある「親友」である。だから屈託なく萩子に報告しにくるのだ。自分はもうすぐ結婚するのだと。
 揺らがずに生きている(つもりの)萩子。「自分探し」「人生作り」に勤しむ(ことを良しとする)者たちに対しては毅然と反論する。世界は外側にあるのではない。自分が呼吸しているこの世界だけが、世界のすべてなのだと。しかし、である。しかし恋をしてしまうと、「自分」は大きく揺らぐのだ。大きく揺らいでいる自分にびっくりして大きく揺らぐ萩子。好きな人が結婚する。いいじゃないか、自分と早蕨の関係は、そんなことでは1ミリも揺らがない。……と言いたいところだが、早蕨の夫となる男と3人の食事会などを催されると、そいつのやることなすことが面白くない。自分を穏やかに包んでいた世界の外側から、他者がのうのうとしゃしゃり出てくるのだ。
 世界は、むしろ他者でできている。心穏やかでいるために、どんなに淡々とした生活に閉じこもっていようと、そいつはどかどかと踏み込んでくる。でもそのとき、そいつと自分は、否応なく同じ世界の中にいる。やるべきことは、互いの排除に躍起になることでも、互いの景色を隅から隅まで照合しあうことでもない。ただ黙って、並んで、その世界を見つめ続けることなのだ。
 (集英社 1400円+税)=小川志津子
(共同通信)
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。

反人生
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