当時の助役・宮里盛秀さんの仏壇に報告する遺族ら=座間味村
【座間味】岩波・大江「集団自決」(強制集団死)訴訟大阪地裁判決で元戦隊長らの請求が棄却された28日、座間味村住民や遺族は、仏壇に手を合わせて判決を報告するなど喜びに包まれた。同島のつらい戦時体験をねじ曲げようとする原告側の動きを批判してきた住民からも「本当にうれしい」と安堵(あんど)の声が聞かれた。
座間味村は沖縄戦で最初の米軍上陸の地として多くの住民が犠牲になった。1945年3月23日から25日にかけての米軍による空襲と艦砲射撃で島は壊滅状態に。
同25日午後8時ごろから、住民の避難する壕(ごう)に「軍から玉砕命令が出たので忠魂碑の前に正装して集まってください」との伝令があり「集団自決」の悲劇は起きた。
当時の戦隊長の玉砕命令の有無をめぐり、論争が教科書検定問題にまで飛び火したことに島の住民は憤り、今まで戦争のことを語らなかった人たちが重い口を開き、戦争の全容が解明されてきた。
判決を受けて同日午後、同村元助役の故・宮里盛秀さんの仏壇がある義妹の宮村文子さん宅に宮里正太郎座間味村遺族会長や親族が集まり、仏前に喜びの報告をし、戦争当時を振り返った。
盛秀さんの二女・山城美枝子さん(67)は、原告側が村助役の命令と主張していたことから「今までお父さんが裁判にかかわっていた。(判決で汚名が晴らせて)大変うれしい」と泣いて喜んだ。宮村家には激励電話が途切れず、近所の住民からも激励の言葉が相次いだ。
一方、座間味村平和学習ガイドブック編集委員で「集団自決」も含めた村民の戦時体験の聞き取りに携わった宮里芳和さん(59)は、村民の戦争体験者約30人と元日本兵の聞き取り調査を行う中で「(日本兵から)玉砕しなさいと言われた住民も間違いなくいた。元日本兵の手記やその家族の話にも玉砕命令の話はあった」と述べ、今回の判決を素直に喜んだ。
一方、今回の裁判について「戦隊長は座間味村に対し訴訟を起こしているような気がしてならない」とした上で「聞き取りした話を後輩に伝え、仲間をつくり平和活動をすることで風化させない取り組みに力を入れたい」と決意を新たにした。
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