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この壕からどんな思いで… ひめゆりの戦場を歩む2008年6月1日  このエントリーを含むはてなブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 twitterに投稿する

ひめゆりの塔の前で中高生らに説明する虹の会の北上田源さん=31日午前、糸満市のひめゆりの塔
伊原第一外科壕の中で体験者から聞いた話を中高生らに語る榎本真弓さん(左)=31日午後、糸満市の伊原第一外科壕跡

 戦争体験の継承に取り組む若者で組織する「虹の会」は31日、元ひめゆり学徒が戦時中に砲弾を避けながらたどった本島南部を歩きながら沖縄戦について考える「虹の会と歩く『追体験・ひめゆりの戦場』」と題する取り組みを実施した。
「虹の会」のメンバー3人が案内役となり、県内中高生と教諭ら約40人が参加した。虹の会が体験者を交えず県内中高生に平和ガイドをするのは初めて。戦争体験継承で悩みながらも語り継ぐ方法を模索する虹の会のメンバーの説明に中高生は真剣に耳を傾け、同世代の口から語られる「ひめゆり学徒の戦争」に思いをはせた。
 午前中はひめゆり平和祈念資料館を見学し、午後はひめゆり学徒たちが南風原陸軍病院から撤退し解散命令を受けるまで看護活動をした伊原第一外科壕と山城本部壕を経由し、解散命令後、一部の学徒が「集団自決」などで命を失った荒崎海岸まで一部バスを使いながら歩いて追体験した。
 伊原第一外科壕では榎本真弓さん(21)=那覇市=が元学徒の上原当美子さんから聞いた体験談を語り、その後に説明した赤嶺玲子さん(24)=沖縄市=が壕を見渡しながら「今見ると何もない静かな場所だが、ここでたくさんの人が血を流して亡くなった。この壕からどんな思いで上を見上げたのだろう」と話した。生徒たちは真剣な表情で、壕の奥で目をこらしていた。
 荒崎海岸では赤嶺さんが元ひめゆり学徒の宮城喜久子さんから聞いた体験談を語った。「体験者と同じように話しても通じない。わたしは喜久子さんから聞いた話とわたしが感じたことを伝えている」と述べ「体験者がつらい経験を語るには大きな力が必要。なぜ話してくれるのかを考えてほしい」と呼び掛けた。
 北上田源さん(26)=中城村=は元ひめゆり学徒の宮良ルリさんの誕生から捕虜になるまでの年表と現在の17歳の高校生の年表を示し宮良さんが学徒動員前に近所の青年が戦地に送られても戦争を身近に感じられなかったことを説明した。
 現在17歳の高校生の年表も見せ「現在、日本の米軍基地からたくさんの人が戦争に行っている。戦争体験者は『今の世の中は戦前に似てきている』と言う。戦争になってからでは遅い。どこかで(その流れに)ノーと言わなくてはならない」とかみしめるように語った。
 浦添高校3年の仲地志織さん(17)と新里恵さん(同)は「年齢が近いガイドに共感できた。あらためて戦争について考え直すことができた」と述べ、沖縄工業高校3年の新城一樹君(17)は「(歩くことで)実感がわいた。親や友達に今日聞いた話を伝えたい」と話した。


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