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日本兵が暴行、右目失明 表紙の「少女」大城さん、沖縄戦を語る2008年6月22日  このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

日本軍の暴行や虐殺を静かな怒りで語る大城盛俊さん=21日、石垣市民会館中ホール

 【石垣】「これが沖縄戦だ」(大田昌秀著、1977年出版)の表紙写真「うつろな目の少女」で知られる旧玉城村出身の大城盛俊さん(75)=兵庫県伊丹市=が21日、「沖縄で起きた戦争の話」と題して石垣島で講演した。

 講演会は、平和行政を推進する石垣市と、今年設立20周年を迎えた世界平和の鐘県支部(平田哲三支部長)が主催。約300人の聴衆は、喉頭(こうとう)がんで声を失い人工声帯で語る大城さんの話に聞き入った。
 沖縄戦当時、育ての父から「兵隊にやられないように」と言われ、女の子のように装っていた大城さん。12歳だった1945年、沖縄本島に上陸してきた米軍から逃げるように旧玉城村のガマに入った。「中にいた日本兵に黒砂糖が入っていたリュックサックを取られそうになった。勘弁してくださいと断ると、パーンと思い切り殴られた」。その暴行で右目は今も見えない。
 実母もスパイ容疑をかけられ、日本兵に手榴弾(しゅりゅうだん)で殺された。大城さんは時折ハンカチで涙をぬぐい「日本の軍隊を決して許すことができない」と静かな怒りを込めた。来場した運天勇利君(平真小5年)は「僕と同じぐらいの年に、腕も折られて目も見えなくなって、一人で生き延びたのがすごい。戦争は怖い。」と平和への思いを強くしていた。


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