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ハイビスカスのルーツ2008年7月14日 
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 ハイビスカスのルーツはハワイではなかった。これは私の50年の研究の結果である。
 1961年6月、ハワイのハイビスカスは発展の最中にあった。7人のブリーダーが活躍していた。1ミリでも大きい花を作り出せば賞に入ったからである。その結果、染色体異常の奇形ともとれる品種が何千品種となく作り出されていた。多数の品種や原種を持ち帰ったが、接ぎ木をしなければまともには育たなかった。その結果「緑枝接ぎの技術」が開発された。
 ハワイは120年ほど昔米国の一つの州に組み入れられ、大学や農業試験所が設立され、最初の仕事としてハイビスカスの育種が行われた。その仕事の経過は克明に記録されていた。間もなくやってきた東洋からの移民の大部分はウチナンチュであったらしい。彼らの持ってきたアカバナーが交配に用いられて飛躍的に改良された、と記されている。
 島津が沖縄にやって来たのは400年以上も昔のこと。その時アカバナーがあって幕府に献上されたことが記録に残っている。このアカバナーは一体どこからやってきたのか? その後の調査でベトナムから伝わったらしい、ことが分かってきた。ベトナム→インド→セーシェル→モーリシャス→マダガスカルと追跡しマスカレン諸島が出発点と判明した。
 一方、本島北部で発見された種子のよく出来る系統はその幼生がマスカレン諸島産の特徴を持つことから、伝わったのは一つだけではないらしい、ことも分かってきた。マスカレン地方の原種の交配から人工のアカバナーが作られて50年掛かりのルーツたどりの仕事もやっとゴールに近づいた。
 残るはゲノムの照合と台風に耐える新種の育成である。
(立花吉茂、花園大学教授)


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