朝起きると父が新聞を読んでいた。寝ぼけまなこの私に、新聞記事のニュースを1つ2つ話してくれる。高校生まで過ごした石垣島で、海人(ウミンチュー)の父との語らいは、天候が悪く、海がしけている日が多かった。幼い時に母親を亡くした父は、「家族のためにウミンチューとして働いてくれないか」と父親に頼まれウミンチューになった経緯と、何度も「学校に行きたい」と懇願したが、その願いもむなしく、イチマンヤー(糸満漁師の網元)で海人見習いとして働きだした日のことを幾度となく話してくれた。
「アンマー(お母さん)が生きていたら、学校に行けたかもしれない」と、悲しくて悔してオイオイと声をあげて夜通し泣きあかしたそうだ。当時は、「イチマンヤーに行く」というせりふは、「泣く子も黙る」言葉で、過酷な労働を強いられる糸満海人の“雇われ子”になるのは何よりも恐ろしいことであった。
実際、海で命を落とした子供たちがいたのも記録として残っている。その父が、大人になってから、せめて新聞くらいは人並みに読みたいと、辞書を片手に新聞の記事をノートに書き写しながら漢字を覚えた。漢字を覚えることでその意味を知ることができ、その意味を知ることで視野が広がり、学ぶことの大切さを実感したと言う。
カツオ漁船の船長を任されパラオ諸島に行った時、海外支援財団から依頼され漁法教授のためにトラック島に行った時には、時間つぶしに新聞を読むことが楽しみのひとつだったようだ。現在、「学校に行きたくても行けなかった時代があったこと」を知っている子供たちは少ないと思う。80歳近い父が、時折ポツリとつぶやくことがある。
「学校に行きたかった」
(今井恒子、(株)フロッサ代表取締役)
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