石川市(現うるま市)の宮森小学校米軍機墜落から6月30日で50年になる。あれだけの大惨事だ。二度と繰り返さないためにも、事故の風化は決して許してはいけない。
制御不能に陥ったジェット戦闘機が授業中の小学校に突っ込み、どこよりも安全であるべき校舎が炎に包まれた。児童11人を含む17人が死亡した。負傷者は200人以上、うち児童が156人に及ぶ。
今も心的外傷に苦しむ人もいると聞く。まして、かけがえのない娘や息子を失った人々の心の痛手はいかばかりだろう。
事故は戦後の沖縄が置かれた境遇を象徴する。当時、米軍は現場を封鎖し、安否を気遣う父母ですら現場に入れなかった。撮影した人からフィルムも奪おうとした。
5年前の米軍ヘリ沖国大墜落事故をほうふつとさせる事態だ。その意味では沖縄の現在をも象徴している。だからこそ、基地被害の継承には現代的意義があるのだ。
事故機はエンジン整備不良のまま、テスト飛行として嘉手納基地を飛び立ったことが、40年後、米軍の内部資料で判明した。事故が人災だったことの証しだ。風化させず、再検証することの必要性をも示している。
その宮森小で事故の資料を展示する動きがある。事故当時、同校2年生で、同小校長の平良嘉男さんが昨年、平和学習室・宮森「630館」設置を呼び掛けた。500万円を目標とする募金も、既に300万円余が集まっている。
担架で搬送される児童の写真や遺影など資料も続々と集まった。平良さんによると、既に「ある程度公開できる規模」となっている。6月30日には慰霊祭の後、図工室で暫定的に資料を公開する予定だ。
犠牲者を悼み、悲劇を繰り返さないためにわれわれが何をなすべきか、あらためて考える貴重な機会になろう。活動に敬意を表したい。
宮森小の校庭には祈念碑「仲よし地蔵」がある。武者小路実篤が寄贈したものだ。棟方志功の絵画もある。名のある文化人が作品を寄せた学校は、平和の発信地にふさわしい。
事故で娘を亡くした遺族が以前、「生きている間は永久に忘れることができない。こんな思いは誰にもさせたくない」と語っていた。その思いを引き継ぎたい。
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